MADE IN HEAVEN 2-1


「お前たちがお前たちの内にあるものを引き出すならば、
 それはお前たちを救うだろう。
 
 しかし、お前たちの内にないものは、お前たちを滅ぼすだろう」
                            
                          【トマス福音書より】
 
 
撤収作業の進む会場。
そのステージの真ん中を陣取り、
スタッフの練熟した作業を見ているのだか見ていないのだか、
いつにもまして曖昧な表情でライヴの余韻を独り楽しむ。
 
その身だけに与えられた至高な時間。
 
時々彼に取り憑く何かが小さな身体の内部で暴れ回り、
お互いが喰うか喰われるかの臨界の際を
間近で見せつけられるスタッフたちにとって、
彼がhydeに戻るための彼を取り巻く緩い気流を、
いくら撤収の障害になるといえども遮るつもりなどない。
 
ステージ上のhydeも然り。
 
己の身体に注ぎ込まれる根源の判らぬエネルギーを、
存分に解放しつくす折に消耗される生気。
再び取り込むまでのこの気怠くも、しかしその気怠さまでもが
心地の良い時間を、誰にも邪魔などされたくない。
 
照明が絞られた薄暗いステージ。
ドラムセットの台に背中を預け、足を投げだし、
先ほどから指の合間より垂直に立ち上る紫煙の行方を追う。
遠くで聞こえる喧噪。
 
ふと、昇り続けていた白が揺らぎ薄く闇の中に溶け込む。
気が付くと目の前には闇を纏った男が自分を見下ろしていた。
 
「あれ?・・今日、来てたん? それとも今、来たの?」
 
男は黒くかかった微笑みを浮かべ、hydeの前に跪くと、
その身体を引き寄せ、静かに唇を寄せた。
 
今日のこいつの舌はやけに紅いなぁ、とhydeは思った。
 
思考は緩慢である。
それでも、唇の触れるときには僅かに身を引く。
身体に染みついた癖のようなものだ。
 
「みんないるよ?」
「いや、いない」
 
成る程、耳をそばだててみたが音ばかりか、
さっきまであった誰ぞの気配までもがまったくしない。
 
どういうことかと不思議には思うものの、
疲れた身体と目の前の男に、それ以上の抗いは諦める。
 
こいつがいないとゆうんならいないんや。
 
「さくら」
 
疲れて少し温もりが欲しかった。
何かに身体を持たせ掛けたかったところだ。
 
触れ合う唇に少し吸い付き、
先ほど見た紅い舌を脳裏に描きながらそれを受け入れる。
しかし、
舌先が触れ合い、瞼を閉じようとしたところで
自分を見つめている男の眼とかち合った。

 
 
「お前、誰?」
 
今にもそこに自分を押し倒そうとしている腕に取り付き、
獲物に喰らいそうな顔で見下ろしている男に訊ねる。
 
「情夫の顔も分かんなくなる程イってんのか?」
「んなわけないから訊いてんじゃねーか」
 
「俺だ」
「温度がちゃうんや・・・舌の」
 
男は少し片眉を上げると乾いているような声で低く「ククク」と笑った。
 
「誰?」
「本当に分からないのか? hyde」
 
俺はお前を最初からずっとみている
本当に分からないのか?

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