「あ、そうそう秀ちゃんたち、 私、今日は送ってあげれないから電車で行ってね」
俺達は、毎朝登校するのにナナさんの運転する車で送ってもらう。
「ゲッ」
小さな声で不平を言ったのは秀人だ。
秀人は大の電車嫌いなんだ。
日本の朝の通勤・通学ラッシュっていったら、周知のように誰にとっても我慢ならない
ものだろう?
俺だって我慢ならない。
脂ぎったオヤジや安物な香水をプンプンさせた下品な女たちが、満員電車をいいことに
秀人にぴったりくっついて、朝のストレス満載な中で「今日はちょっとラッキー」なんて
少しでも思うなんてことは許せない!
こうしちゃいられないっ。
今朝の電車の出入口コーナーは秀人の為に絶対に死守して、俺が盾にならないとっ!
「なんて思っていたのにぃ〜〜〜。 なんでこ〜なるんだよ〜〜」
地上も地下も毎朝、毎夕、どこからこんなに人や車が湧き出て来るんだろう?
全く日本の交通事情はおかしい。
どうして金払ってまで家畜にされる牛みたいに、ギュウギュウ詰めになって移動しない
といけないんだ?
秀人を抱きかかえるように電車に乗り込んだのに、ドアが閉まる間際、雪崩れ込むよう
に入ってきた第二陣に俺と秀人は簡単に離されてしまった。
「秀人〜〜〜〜、だ・大丈夫かぁ〜〜〜」
遠くの方から秀人の「う〜〜〜〜ん」なんていう、押しつぶされたか細い声が聞こえてくる。
くっそー、てめぇらそこどきやがれっ!
お前らみたいに毎日毎日家畜電車に揉まれて変に足腰鍛え上げてるような安上がりな
人間と秀人は全然違うんだからな。
俺は焦って、ひんしゅくを大買いしながら人「ゴミ」をかき分け、何とか秀人の顔が見える
ところまでは移動することができた。
秀人は脂ぎった中年男のぶっよぶよな、どっから胸でどっから腹だか分からない締まり
のない身体に頬を押しつけられている。
頭には、後ろに立ってる野郎が手摺りに掴まっている手と一緒に持っている鞄がゴンゴン
ぶつかっていた。
なんてマナーのなってない野郎なんだ!
てめぇ気づけよ! 秀人は優しいから何にも言わずに我慢してっけど、最低だぜお前!
コノヤロー!!
秀人は眉間に皺を寄せて黙って一生懸命に我慢してる。
健気だ。
俺は、犬歯むき出しにしてその鞄野郎をずっと睨み続けていた。
あれが秀人でなくて俺だったら、今頃アイツのちんたま握り潰してるとこだ。
目的地まであと3駅というところで、俺は秀人の様子が変なことに気がついた。
秀人はさっきよりもずっと下を向いている。 ぐったりという感じだ。
あー、かなり疲れてるね、あれは。
だけどちょっと秀人は体力なさすぎだよな。 夜でもすぐに根を上げちゃうし。
俺なんかまだまだイケそーってのに、我慢しなくちゃなんないんだから。
たまにはこうやって電車通学して秀人の体力つけさせっかなー?
暑いのかなー? 暑いよな。 顔が真っ赤じゃん?
ちょっと汗もかいてんのか?
そーだよなー、前の野郎なんか人間発熱機みたいなヤツだもんな。
しかし次の瞬間、そんな悠長に秀人の観察をしていた自分を殴り殺してやりたくなるような
気分に俺はなった。
真っ赤な顔をして俯いていた秀人がふっと顔を上げ、目を開けて俺を見た。
眉が下がって目には涙が滲んでる。下唇は噛んでるところが白く成る程強く噛まれていた。
え? き・気分悪いのか、秀人?
俺と目の合った秀人は小さく唇を動かした。
ん? しゅ・う?
う・うんうん、何? どーしたの?
や・だ?
やだ? ん? 電車が?
そういうと、秀人は顔をくしゃっとさせてまた下を向いてしまった。
?????
しゅう、やだ?
何が?
・・・・・・・・・・・・・?
・・・・・・・・・・・・・?
・・・・・・・・・・・・・あ! ま・まさか!
俺はもう一度秀人を見た。
俯いている秀人の顔は相変わらず真っ赤だけど、身体が少し震えているようだった。
間違いない!
くっそー! どいつだっ! その脂身野郎か? それとも鞄野郎?
まさか手前の中坊じゃねーだろーなっ! そっちの長髪か? どいつだよっ!
俺は当の秀人よりパニクった。
秀人の所までは行けないし、ど・どーしたらいいんだよー。
一駅前だけど、次で降りるか!
電車が駅のプラットホームに滑り込み完全に停まるまでがすごく長く感じた。
扉が開き、降車する乗客たちが流れ始める。
「うわ! 秀!」
秀人の半泣きの声が聞こえて、俺はますます焦った。
「お・降りるぞ、秀人!」
俺は流れに巻かれて秀人より先に電車から弾き出された。
けど、秀人は次に乗り込む乗客達に押し込まれて出ようにも出れずにいる。
仕方ない、もう一回乗るかと電車に足を掛けようとしたら、中から凄い勢いでさっき
秀人の側に立っていた長髪の男が秀人を抱えて降りてきた。
「秀人!」
まだ下を向いている秀人を覗き込むと、秀人はやっぱり少し泣いていた。
「すみません。 ありがとうございます」
俺は、秀人の肩に掛かっているその男の手をさりげなく払いながら礼を言った。
「あれ? 君たち双子? そっくりだね」
「はい」
「こっちの子。 痴漢されてただろ?」
そう言われた秀人はますます下を向いた。
コノヤロー。 そんな答えにくいことをズケズケと言いやがって!
「でも、これだけ可愛い顔してたら仕方ないか」
「秀人が悪いわけじゃねーだろっ! おっさん!」
「あぁ、ごめんね。 ちょっとデリカシーなかったね。 それに、側にいたのに気づ
くのが遅くて、悪かったね」
男はそんなことを言いながら、着ているジャケットを脱ぐと秀人に掛け始めた。
「な・・何のつもりですか、これ?」
「うん。 TAXI拾って一度帰ったほうがいいよ。 そのままじゃどっちみち学校行けないから」
「すみません。ありがとうございます」
学生鞄を抱え込んだ秀人が聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でそいつに礼を
言った。
俺は、秀人が持っている鞄を取り上げ、秀人の身体を見てあまりの怒りで一瞬血が身体
から引き、その後ゾッとして頭が蒼白になった。
秀人の学生服は腹から下のズボンにかけて、痴漢野郎が放った精液で濡れていた。
「大丈夫かい?」
その男が、今度は俺を気遣った。
なんだかあまりにもそいつが余裕ある大人の男に感じて、俺はイライラし、そっけなく返事
をした。
「大丈夫です。何から何までありがとうございました。ジャケットはお借りします。
これ、俺の携帯番号です。 ジャケット、必ずお返ししますから」
俺は、多分この人はジャケットを返せだなんて言って、俺に電話をしてくることなどないだ
ろうと思いながら携帯番号を書いた紙を手渡した。
「それは気にしなくていいよ。 どーせもう着古しなんだから」
案の定、その男はそう言った。
「でも、折角だからこの番号はもらっておくよ。 君の誠意としてね」
気障〜。 これだからおっさんて嫌なんだよ。
「じゃ、縁があったらまた会えるだろ。 気をつけてね」
縁があったらその縁ぶっち切ってやる。
そんなことを考えながら、一応俺はその男に深々とお辞儀をした。
「秀人。 ごめんね、俺、すぐに気づいてやれなくて」
「ううん。 でも、秀が一緒の時でほんとよかった。 早く家に帰って風呂入りたいよ」
えへへ〜、俺が一緒で良かっただって。
こーゆーことサラッと言っちゃう秀人ってほんと可愛いー。
家に帰ったら綺麗〜〜〜にしてやるからね、秀人vv
忌まわしい地下から地上に上がり、TAXIを停めるために手を挙げる。
秀人を先に乗せ、自分も乗り込むと運転手に行き先を告げた。
TAXIの運ちゃんは、こんな時間に学生服の男の子がTAXIに乗り込むことに怪訝そうな
顔をしたけど、俺が携帯で学校に秀人の調子のことを伝えると納得し、その後は秀人を
気遣うように丁寧な運転をしてくれた。
TAXIの中。
俺と秀人は手を握り合い、風呂から出たらナナさんが帰ってくるまで惰眠を漁る約束をした。
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終
04.06.05