初めてのお泊まり


翌朝、サクラおじちゃんは何だかベッドの変な振動で目が覚めた。
次に、チビhydeの元気にはしゃぐ声が聞こえてきた。
 
『さくら! さくら! さくら!』
 
シバシバする目を擦りながら開けると、自分のベッドでチビhydeがバコンバコン
飛び跳ねて遊んでいた。
 
『おはよ! さくら! おきて! さくら!』
 
せっかくきつくしばったバスローブは完全にオープンで、チビhydeのいけないもの
が丸見え状態だ。
昨夜のサクラおじちゃんにすれば十分危険な状態なのに、なぜか一晩経って朝
日が燦々と降り注ぐ中で見るそんな光景のチビhydeは、
ただの暴れまくっている
「がきんちょ」にしか見えない。
 
『はいはいはい・・・ぐぇ!』
 
最後のジャンプの着地点はサクラおじちゃんの腹の上だった。
そんなことをされれば大抵の大人がするように、サクラおじちゃんも例にもれず、飛び
込んできた可愛いチビhydeをベッドに寝転がして体をくすぐり始めた。
 
やるほうもやられるほうもこの場合、大方この展開を期待している。
 
『きゃーー、さくらやめて! くしゅぐったーい』

笑いながら叫ぶので、「くすぐったい」が「くしゅっぐったい」になっている。
思わず鼻の下が伸びる。
 
『さぁ、そんな恰好してないで着替えような。 パパとママがホテルまで迎えにきてくれ
るって昨日の夜に電話があったよ』
 
素っ裸になってパンツを穿いているチビhyde。
パンツは今時ライダーのキャラクターパンツだ。
さっき「すごいでしょー」と素っ裸で見せてくれた。
 
『えー、hyde帰りたくなーい。 さくらともう一回お泊まりしたーい』
 
チビhydeは、パンツを片足に突っ込むことに格闘しながら言った。
 
そのセリフにその姿。
永久保存版だな。
帰りにあまりhydeがごねるようだったら、もう一泊してやってもいいか。
 
サクラおじちゃんは、その時のチビhydeのパパの顔を想像するとニヤニヤが止まらな
かった。



『パパーーーー!!!  ママーーーー!!!』
ホテルのフロントロビーにチビhydeのパパとママの姿を確認するや、チビhydeはそこに
向かって一目散に駆けだした。
 
『ただいま〜、ごめんね。 ひとりで寂しくなかった?』
『さくらと一緒で楽しかったよ』
『よかったね。 でも呼び捨てにしたらだめだよ。ちゃんと「おじちゃん」ってつけようーね
(←いやがらせ)』
『さくらおじちゃん』
『そうそう』
 
そんなふうに余裕ぶっこいてるのも今のうちだ。 チビhydeは帰りたくないって言うからな。
俺ともう一泊するって言うからなーー!

サクラおじちゃんは余裕ぶっこいて、一日振りの親子の対面を見つめていた。
 
『じゃ、お家に帰ろうね』
『うん。 パパー、今日は一緒にお風呂入ろうねー』
『えー、パパ、お風呂はいいや』
 
・・・・・・・・・・・・・・
 
所詮子供の脳味噌なんて鶏のようなもんだ。
3歩歩けばすぐに忘れるのさ。
 
この親子と付き合って、こんな目に会うのはしょっちゅうだ。
分かっていたことなのになんだこの虚脱感は。
 
予想外の展開に呆気にとられていたサクラおじちゃんのほうにチビhydeパパは振り向くと、
 
『おい! 何してんだよ。 どうせ同じ方向なんだから、お前もタクシー乗っていけよっ!』
 
と、怒鳴った。
 
 
サクラおじちゃんはチビhydeパパに怒鳴られて、渋々3人の後をつけ、いつものようにタク
シーの助手席に座り、家までの道程を運転手に懇切丁寧に
説明し(サクラおじちゃんとチ
ビhydeのお家はマンションのお隣同士だ)、
タクシー料金を払ったところで、「領収書もらとっ
けよ」とチビhydeパパに言われ、
「あー、そうだった、忘れるところだった」なんて思いながら
領収書を受け取った。
 
そして、サクラおじちゃんが受け取った領収書は、いつもチビhydeパパがもらっていく。
 
 
『ばいばーい! さくらおじちゃーん。 また遊んでねー』
 
自宅玄関前でそう声を掛けてくれたチビhydeは、久しぶりにパパと一緒にお風呂に入れるの
が嬉しそうだ。
 
にわとりめ。
あんなにお世話してやったおじちゃんには何にもなしなのか。
 
サクラおじちゃんは一気に疲れがやってきた。
いつもより重い扉を開け、いつもより暗い部屋に入り、チビhydeのために我慢していた煙草に
火をつけたところで、携帯がけたたましく鳴った。
 
チビhydeのパパからだ。
そういやアイツからお礼の一言ももらっていなかった。
電話で済まそうなんて、しかも今頃・・・・・・いや、いつものことだ。
 
しかし、その内容は想像していたものとは違っていた。
 
『櫻澤ーーー! ちょっとうち来い! 今すぐきやがれ!』
 
感謝こそされてもおかしくないのに、何だ今のは?
 
草履を引っ掛け、ペタペタマンションの廊下を数歩歩きお隣さんの玄関を開けると、そこには
チビhydeと仲良くお手手をつないだチビhydeのパパが、顔を真っ赤にし、
口元に手を当てて
立ちふさがっていた。
 
うわー、ダブルhydeだ。 俺って幸せー。
 
幸せというよりそこまで思えるサクラおじちゃんは御目出度い。
 
『お前、チビhydeに何もしなかっただろーな』
 
眼尻の下がっているサクラおじちゃんに、チビhydeパパはでっかい目をさらにでっかくし、サク
ラおじちゃんを家にも上げず、玄関に立たせたまま聞いた。
 
何もしてなくはないが、サクラおじちゃんの「何かした」というレベルからしたら何もしてない口だ。
それに今までにないくらいに自制心が働いたんだ。
自分を褒めちぎってやりたいくらいだ。
 
『何もしてねーよ。 子供相手、しかもお前の子供に何するってんだよ。
 お前と初めてホテル泊まったあんなことやこんなこと思い出しただけだよ』
 
どの面下げたらそんな台詞が出てくるのか、だがこれも、長年チビhydeパパとの付き合いで
培った処世術だ。
 
しかし、しらばっくれているサクラおじちゃんなんか、チビhydeパパにはお見通しだ。
 
『じゃお前! いつも俺が「可愛いーvv」ってチビhydeにちゅーすると、「パパ、おひげがいたー
 い」なんて可愛らしく嫌がってたチビhydeが・・・
なんで舌まで入れて、しかもそれ・そ・それ
 ・・・絡ませてくんだよ!!!』


 
そんなことは覚えてるんだな!
さすが親子だ。素質は十分。
 
無表情で玄関に突っ立っているサクラおじちゃんに、少しパニック状態のチビhydeパパは畳
みかけるように叫んだ。
 
『それからお前、子供をhydeって名前で呼ぶなー!』
『じゃ、本名で呼ぶ?』
『....本名? う・・・それもだめーーーーー!!!』
 
地団駄踏んで叫ぶチビhydeパパ。
パニック効果は幼児化、チビhydeパパ5歳児化だ。
 
『なんでよー? じゃー、俺どう呼べばいいのよー?』
『呼ばなくていい! あんなふうにメロメロな感じで男の名前呼ぶのは俺の名前だけ!
 男にキスすんのも俺だけーーーーー!!!!』(←地団駄・地団駄)
 
『はぁ?』
『あ』
 
 
 
 
 
今、チビhydeの目の前には四十手前の二人のおじちゃんが顔を真っ赤にして無言で見つめ
あっている。
 
わからなーい。
何で二人して怒っていたのかもわからないけど、今二人ともいきなりほにゃほにゃになってい
るのも全然わからなーい。
 
チビhydeは思い出した。
以前ママに言われたことだ。
 
『二人の言っていることややっていることが分からなくても心配しないでね』
うん。
『ほかっといて大丈夫』
そうかなー。
『あの人たち、かわいそうな病気だから』
でも、病気だったらほかっといたらだめなんじゃないのかなー?
『むしろ、ほかっといてあげて。 そのうち治まるから』
そーゆーもんなんだー。
 
『ママーー、一緒にお風呂入ろーー』
 
大人にはちんこと一緒、大変で難しいことがたくさんあるんだ。
だけど、僕はパパもさくらおじちゃんも大好きだからね。
二人が病気でも全然平気だからね。
パパ、さくらおじちゃんがんばってね!!!
おーえんするから!!!
 
今度ママにどーおーえんしたらいいか聞こう。
 
 
 
チビhyde、チビhydeパパ同様、その邪気は未知数である。

一線は守りました

07.08.22

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