彰子さんは24時間ハンバーガーショップで奢るからとその場の絹子さんを宥め、
店まで連れていくと、店内の片隅に座り「さっきのこと」の説明を受けた。
大方の話しを終えた絹子さんは、居住まいを正すと、彰子さんに顔を寄せ、
再び話し始めた。
「でもね、私、実はあの時アレを取っちゃったことを初めて後悔したのよ。
あの時の私は完全に「男」だったんだから。
私の腕の中で、我慢しながらよがっているはいどちゃんを見て、
お下劣だけど、「あー、この子にぶち込みたい」なんて思っちゃったものね」
「あらやだわぁ」
アイスコーヒーをすすりながら彰子さんは言ったが、その顔は笑っていた。
「あれは、あの子の躯は・・・なんて言うのかしら・・・そうね・・・
待ってる躯だったわね」
「待ってる躯って、卑猥な響きねぇ〜」
彰子さんは両手を胸の前に組むと、目をつぶりうっとりとした表情をした。
「もっと言うなら、待たされて待ってる躯だったというべきかしらね」
「きゃー、言うわねこの年増!」
二人は顔を見合せて、小さく「うふふ」と笑った。
「あの子、待っていたものは来たのかしらねー」
「さぁ〜、でも絹子さんならもう一度彼に会ったらわかるでしょ?」
「はいどちゃんのLIVEに今度行って観てみようかしらね?」
「やめなさいよ。それって無粋よ」
「なによこのブス」
「ブスじゃなくて無粋」
きゃぁ〜ははははっ!
二人が今度は思いっきり笑うと、ウトウトして壁にもたれていたサラリーマンが
バネ仕掛けの人形のような動きで顔を上げた。
そして恨めしそうに二人を睨むと、もう一度体勢を変えてウトウトとし始めた。
「ね〜ぇ、久し振りにどう?」
そう言って絹子さんを見つめる彰子さんの目は熱っぽく潤んでいた。
「あら、アンタはいどちゃんにアテられたわねぇ〜」
彰子さんの節くれだってはいるけれど、白くて長い指の手を撫でる絹子さんの身体も、
さっきからぼんやりと温かくぬるまっていた。
絹子さんと彰子さんは、お互い男だった頃から恋人同士だ。
絹子さんが「おんな」になり、あとを追いかけるように彰子さんも「おんな」になった。
「男」と「おんな」ならさしあたっての問題は回避できるでしょと
そう思った絹子さんの考えは浅はかだと彰子さんは怒った。
お互い「おんな」になっても二人の感情は変化しなかった。
「今宵のはいどちゃんに乾杯」
「はいどちゃんのやらしい躯にかんぱーいぃ」
「私たちの変わらない愛に乾杯」
「深い愛にかんぱーい」
「変わらぬ深い愛」
何かの折りにつけ、二人が自分たちが選んだことが間違いではなかったことを
確認するために選ぶ言葉だ。
「あら、私そーいえば同じようなことをあの時はいどちゃんに言ったわ。
あの子覚えているかしらね?」
そうだ。
絹子さんは思い出した。
あの時、サングラスを掛けたまま
自分の前からいなくなろうとしていたhydeに言ってやったのだ。
「はいどちゃん。 あなたがこの先どんな相手とどんなことしようが、
それが好奇心だろうが本気だろうが
そんなことは私には知ったことじゃないんだけど・・・・・・
私たちの好きとか愛してるってのは深いのよ。
一生背負うものなんだから覚えときなさいよーーーー!!!」
曲がり角で立ち止まって聞いていたhydeは、
ドス声で拳を振り上げながら叫んでいる絹子さんに、
右足を引き、右手を体に添え、左手を横方向へ水平に差し出す
ヨーロッパ形式のお辞儀をしてそれに応えた。
「馬鹿にすんじゃないわよ、ばーか」
絹子さんは小さな声で毒づいたのだった。
「今でなら分るけど、当時の絹子さんがよくそれで許したわね」
それを聞いて彰子さんは絹子さんに驚いた顔を見せた。
「まぁね、それ以上苛めちゃったら可哀そうだったったから」
うふふふと絹子さんは口角を上げてうすら笑いをした。
「なによ、思い出し笑いなんかしちゃって気持ち悪いわねぇ」
彰子さんも楽しそうに笑うのを付き合った。
絹子さんはもうひとつ思い出したのだ。
ベッドで絹子さんの愛撫に堪らず吐精する瞬間に、
hydeが漏らした言葉を。
その後、なんのことか分からない絹子さんがhydeを見ると、
彼こそが自分の言葉に驚いた表情で絹子さんを見ていた。
そして見る間にその顔色はピンク色に染まった。
ピンク色に染まったhydeは、
「あほやなぁ・・・・おれって」
と、笑ったのだった。
あれから十数年。
その時も綺麗な子だという印象があったが、
四十手前になるだろうという彼に、
あの時の艶やかさはまだ残っているのだろうか。
自分が最後に彼に言った言葉を覚えているだろうか。
「ま、覚えているようだったらまんざらでもないってことよね」
絹子さんはそう独り言を言いながら、
彰子さんのコーヒーカップにもう一度乾杯をした。
終
08.08.15