うたかた


さて、結末を話そう。
 
それから3年後。
ある日、メイクの女性がhydeに1冊の週刊誌を持ってきた。
 
「hyde君、あの洋館覚えてる?」
「うん。なに?」
 
忘れようにも忘れられない。
 
「ほら、ここの記事。読んでみて」
 
半ページの小さな記事だった。
『旧財閥邸に起こった怪事』という見出しが出ていた。
モノクロで松輝荘の写真が小さく刷り込まれている。
 
「葉山の海沿いに並ぶ別荘で不可解な事件が起こった」
記事はそう始まっていた。
 
hydeとサクラが泊まって暫くし、松輝荘は客を取るのをやめたようであった。
同時に毎日近所のスーパーに買い物に来ていたシズエの姿が
ぱたりと見られなくなった。
もう歳なのだからと近所の者も心配はしていたものの、
それ以上深くは彼らに関わりを持つこともなく、いつしか忘れられてしまったらしい。
 
そして月日が経ち、人気もなく荒れ放題になった松輝荘だが、
毎月かなりの電気代が口座から引き落とされていることに首を傾げた電気会社が、
漏電を心配し連絡を取ろうにも一向に返事がないために市に通報をした。
子供の頃松輝荘でよく遊んだという民生委員の者が、
市職員と一緒に荒れた松輝荘で発見したのは、
既に老衰で死亡し白骨化したシズエの遺体であった。
 
それだけなら週刊誌のネタになるほどのことでもない。
 
正太郎の姿を見つけられない民生委員が、
そういえばこの家には地下に大きな倉庫があったと
子供の頃にかくれんぼをした時に見つけた地下への扉を思い出し降りていった。
地下には年代もののワインが収蔵されているセラーがあり、
一定の湿度と温度を保っていた。
さてはこれが膨大な電気代の正体かと市職員は思ったが、民生委員の話だと、
地下にはもうひとつ電気を喰う大きな冷凍室があったというのである。
 
地下の冷えた廊下を歩き冷凍室の扉らしきものを二人は見つけた。
 
そして、彼はそこにいた。
 
車椅子に座るウエディングドレスに身を包んだミイラ化した女性を
愛おしむように抱きかかえ、その手を重ね、頬を寄せ、微笑みながら絶命していた。
死因は凍死であった。
 
老人の名は木下正太郎、老女は橋本シズエ。
二人は夫婦でもなんでもなかったが、やはり使用人であったらしい。
そして「ウエディング姿の謎の美女」は、当時の館主の養女であり、
シズエの妹「夏子(かこ)」であった。
週刊誌は更に、没落した財閥の顛末なども書き連ねていた。
 
夏子がなぜそんな姿でそんなところにいたのかとか、
正太郎とシズエの関係が本当はどんなものであったのかなど、
hydeは考えたくもなかった。
だが、
明仁を慕い海辺ではしゃぐ夏子の眩しく優しい時間に、
ずっと囚われていたのはシズエではなく正太郎のほうだったのだろうか。
生前はその意志をもって触れることなど許されなかった夏子に、
閉ざされた冷凍室の中で、正太郎はどんな時間を過ごしたのだろう。
そんなことを考え始めるとどうにも止まらなくなり、
暗い気持ちに押しつぶされそうになった。
 
 
そんなhydeの様子を心配したメイクの女性は、
サクラにも同じ週刊誌の情報を伝えていた。
それを聞き同じく心配したサクラが、hydeにちょっと会えないかと言ってきた。
 
「俺な、夏子さんに負けとったわ」
 
サクラの顔を見たhydeは、なんの挨拶もなしにいきなりそう言った。
なんとなく喧嘩腰な物言いだった。
 
「何のことだよ」
「夏子さんが今生きとったら、俺負けとった!」
「どういう意味だ」
「お前、夏子さんのことあの時ちょっとエエ思っとたやろ?」
 
そんな3年も前のわけのわからない話を
今頃蒸し返すのかとサクラはげんなりした。
 
 
 
「俺なぁ、少し覚えてる。夏子さんのお前(明仁)に対する想い。
俺、完全に負けとった」
 
 
「だからきっと・・・・・とり憑かれたりしたんや」
 
 
 
hydeが本当に何かにとり憑かれたのかどうかなんてサクラにはわからない。
そんな物理的に証明できないことで落ち込むなんて馬鹿らしい。
はっきり言ってどうでもいい。
それより、また非生産的なことでブルーの入りだしたhydeは苦手だ。
 
 
 
「hydeは」
「なによ」
 
「hydeとして生まれて、今こうして生きてて、俺の横にいるだろ?」
「うん」
 
「だったらそれ以上に勝るものがあるのか?」
 
 
 
「生まれてくれて、生きてそこにいる」
 
 
誰でもが大切な人に思い願うことだ。
なんの飾りもない単純なことかもしれないが、
それは希望に満ちている。
 
刻まれた記憶という過去に捉われた正太郎。
彼は彼で幸せであったのかもしれない。
だが、過去には未来も希望もない。
彼の幸せは止まった時の中でそれ以上動くこともない。
彼には未来も希望も与えられなかった。
 
 
「・・・・・うん」
 

少し気分が浮上したのか、沈み込んでいた顔に生気が戻り
頬がうっすらと上気したhydeを、
サクラは誰よりも綺麗だと思えることに幸せを感じた。
 
追記 
しかしサクラは、あれ以来時々左手で食事をするhydeを、
お嬢様にキスをした自分への嫌がらせだと思うことにしている。
 
08.01.30
基本はSH7
→ 
top