風の行方


「お袋の土産にと思って買ったんだけどさ、ちょっとhydeにつけさしてやるよ」
 
サクラの言葉にhydeが顔を向けると、
目の前にはコルク栓で蓋をされた茶色の小瓶が差し出されていた。
 
「何それ?」
「薔薇の香水だ」
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
「だから、お袋の土産にだっての!」
 
hydeのいかにも「らしくねー」という表情を見て、サクラは慌てて言い直した。
 
これもジャマ・エル・フナ広場の屋台で購入したものらしく、
パッケージされているでもなく、ただ油紙に包まれているだけのものだった。
エル・ケラア・ムグナという町の名前が小瓶のシートに印刷されていた。
 
「お母さんのお土産なんやろー、ええよ!」
 
モロッコのカスパ街道中央に位置するエル・ケラア・ムグナという町は、
豊かな水と一年を通じて乾燥し涼しい気候にあり、
古くからバラの産地として知られた場所である。
薔薇が殺菌や抗菌・消炎という効能があることから、
モロッコでは薔薇水が化粧水などに使われる。
また、目の洗浄や熱を持った身体にかけて利用もすると通訳者から聞いた。
 
香水ともなると何万本の薔薇から少しのエッセンスしか抽出できないらしい。
 
拒む言葉を言いながら、hydeはその話を思い出した。
その香りに正直興味が湧いた。
 
「んなもん少しくらいならわかりゃしねーって」
 
サクラはそう言うと無造作にコルク栓をひねった。
 
途端に部屋中に何万という薔薇の華が一度に開花したような芳香が放たれた。
トロリとした濃厚さと、砂漠の厳しい気候で育てられた薔薇の野趣だが、
それでいて気高い香りは、hydeにもサクラにも官能を感じさせた。
 
「うわっ」
「すごぃ」
 
小さな小瓶に顔を近づけて香りを嗅ぐhydeの姿が、
野生の動物っぽく見えてサクラには可笑しかった。
香りに興奮したのかhydeの頬には赤味が差していた。
ただ単純にhydeには薔薇が似合うと思った。
そしてこの香水をつけてみればいいと思った。
ただ、単純に。
 
香水をつけたhydeが見た目に分かるほどの変化を現すわけでもないのだろうけれど。
 
でも、コレってどーやってつけるんだ?
どれくらいつけたらいいのかその量も見当がつかない。
サクラは蓋を開けた小瓶を見ながら思った。
 
「もうこれで充分だよサクラ。 あんがと」
「いや、折角だからつけてみろってのよ」
 
思案しているサクラの手からコルク栓を取り、hydeは小瓶に蓋をしようとした。
焦るほどのことでもないのに、サクラは焦って左手の小瓶を手のひらに降り出した。
小瓶の小さな口から、一瞬膨張したように膨れ下がった香水は、
次の瞬間にボトボトとサクラの手に落ちてきた。
小瓶の中は半分に減った。
 
「あー、アホッ! もったいないやんかっ。 お母さんのお土産がー!」
「うわー、だからhydeつけてくれっ!」
 
香水まみれの右手を凝視しながら、サクラはhydeの首筋に手を当てた。
「え?」
首の、ちょうど古傷の辺りにアルコールが飛ぶようなすっとした感覚を覚える。
サクラの手は指の間にまで滴っている薔薇の香りを、
hydeの身体に全て擦り付けようとするかのように鎖骨をなぞり始めた。
「ち・ちょっとサクラッ!」
そして、肌蹴た胸骨の真ん中に手のひらを強く押しつけると、

そのまま下へと撫で下ろした。
 
「ぁ、や」
「ん?」