接吻
「大阪に来たのならまずは天守閣やろ」
同居人は自信ありげにそう言った。
「城なんか今更見たって修学旅行じゃあるまいし、面白くもなんともねぇよ」
それよりもっとコッテコテの大阪というものを見てみたい。
そう言いかけたところで、同居人は続けて言った。
「大阪城ってな、太閤さんがつくらはったんやけど、
太閤さんは住んでへんのやで。
そん子供が住んで、その後大阪夏の陣で焼失してんの。
それからも戦やら落雷やら戦争やらで焼失・再建を繰り返して。
俺も知らへんかったんやねんけど、結構、波乱万丈な城なんや。
来年からは改修工事始まるし、見るんやったら今のうちと思って〜」
その言葉に、彼が自分をどこに案内しようか
事前に考えてくれていたような気がした。
櫻澤は先ほどの思いを呑みこみ、大人しく同居人についていくことにした。
実際には、城の前まで行き、「あれが天守閣〜」で終わりだったのだが。
それでも一応、彼なりの気遣いを感じる・・・・ような気はしたのだ。
後は取りあえず、日用品を購入ということで、
だらだらと買い物などに付き合ってもらったのだが、
櫻澤としては何とも形容の仕様のない複雑な思いを味わった。
同居人はとにかく目立つのである。
男のくせに可愛いからだ。
しかし、周囲は男とはたいてい気づくことはない。
それなのに行く先々で必ず注目を浴びる。
つまり、どちらかというと可愛い女の子として目立っている。
そして不本意ながら、可愛い彼女連れという視線を、
同時に自分も受けるのである。
「違うんだよ!」
大声で叫びたいことしばしば。
同居人を女性と思い違えるたいていの男は、
同居人を上から下まで見ると、まず自分のナンパテクを
一から復習してるような顔をした。
その後、櫻澤の存在に気づき、妙に達観した顔つきで通り過ぎていく。
「だから、そこで納得するなよ!」と思った。
そして、大抵の綺麗なお姉さんは同居人を上から下まで見て、
どこか粗がないかと半分嫉妬交じりの顔をする。
その後、櫻澤の存在に気づき、妙に諦め顔で通り過ぎていく。
「だから、俺に声掛けさせてよ!」と、真剣に思った。
しかし、いくら櫻澤でも、昨日今日会ったばかりの同居人の前で
綺麗なお姉さんを口説くことはできず、もちろんそこで
「この人男なんです」なんて言おうものなら、
今度は自分が上から下まで見られることになりそうで歯がゆい思いをした。
だが、同じ反応がこうも続くと、可笑しなことに少し快感になっていた。
“自分で言うのもなんだが、そこそこイケてるカップルってやつだったからな”
そこまで考えてあまりのおぞましさに少し鳥肌が立った。
“いやいや、悪いのはこの男の外観だ。紛らわしすぎる。
だからあんなことにもなるんだ”