そして今日、昨日、一昨日とろくな食事も取ってないと言い出した同居人が、
観光兼外食の場に選んだのが戎橋付近の道頓堀だった。
「グリコのネオン、かに道楽本店、くいだおれ、つぼらや、キリンプラザ。
どれか何かで見たことくらいあるやろ?」
同居人は、中央コースから日の丸背負ってゴールインするランナーを
指さしながら言った。
確かにあるが、実際に見ると大阪人の強烈な美的センスに
頭が下がる思いがした。(キリンプラザは一建築家の設計だが、
それでもここ大阪ミナミだからあり得るディティールだろう、あれは)
しかも、そこに掛かる戎橋。通称ナンパ、ひっかけ橋。
タイガースが優勝した折には馬鹿な若者どもが飛び込んで、
気の毒なことに死傷者まで出した橋らしい。
まったくもってあり得ない。
「こんな泥川に飛び込む関西人の気が知れないぜ」
独りごちていると、数歩先を歩いていた同居人を女と思っている
馬鹿な若者どもが早速喰らいつき始めた。
同居人がどうするか興味があったのでそのまま黙って見ていると、
彼も手馴れたもので、怒るどころか適度にあしらい、からかい、
ナンパされなれている女を見事に演じている。
しかし、それも橋を3分の2ほど進んだところで、5、6人の男たちに取り囲まれ、
身動きが取れなくなった。
相手も1人で当たるより、結託してナンパする方向に転換したらしい。
「あ〜ぁ、ちょっとやばいよな」
仕方がないので(夕飯もかかっている事だし)、櫻澤が「おい」と、
声だけ掛けると6人の男に取り囲まれて姿の見えなかった同居人が、
男たちを掻き分けひょっこりと飛び出て、自分のほうに駆け寄ってきた。
「「「「「「んだよっ、連れかいな。んなとこで待ち合わせすんなやっ!」」」」」」
「すいません」
面倒事もいやなので、それに本当は男だし、
一生懸命だった彼等にちょっと同情もあったし、
不本意ながらもそこは素直に櫻澤は謝っておいた。
しかし、背中に隠れた同居人を返り見ると、
彼はしれっとした顔でこう言った。
「今日は6人か。日々自己記録更新中やな」
“まさか昨日以上にめかし込んでいたのは記録の為じゃね〜よな?”
それからの同居人は何だかとても機嫌が良かった。
櫻澤も少なからず、同居人といて楽しい気分を味わっていた。
話してみると関西人にありがちな、打てば響くような速い会話のテンポ
というものはないが、心地よい会話だった。
相手を楽しませる会話というのは馬鹿にはできない。
同居人推薦の料理屋の料理もおいしく、櫻澤たちはよく食べて、
飲んで、話を(ほとんど音楽のことだが)したのであった。