Lies & Truth
二週間前。
帰宅した直後に私の携帯が鳴った。
「モリタさんからコレ(電話番号)を聞いたんですけど?」
若そうな男の声だった。
この携帯に繋がり、「モリタ」の名前が出た瞬間、それは依頼の電話になる。
「モリタ」に辿り着くまでに電話向こうの声の主はあらゆる機関のチェックを
通り過ぎる。
つまり、その名前が出るということは、身元も確かな信頼できる依頼主という
意味だ。
「一度会ってくれませんか?」
「クライアントとは直接会わないことになっています。仕事の依頼は中人を介
してだけです」
当然だ。
一々、「私がアナタの代わりに人殺しをする人間です」と、顔を晒す奴がこの世
界でいるわけがない。
「その中人を挟んでやけど、モリタさんから了承は得てるよ。 300払えば直接
会わせてやると言われたんやけど」
「それで・・・」
「もちろん即金で払ったよ」
・・・・・・・・・あの強欲オヤジ!!
電話をもらって一週間後、hydeのマンションで私は本人と会うことになった。
つまり、依頼決行の一週間前である。
クライアントと会うことをモリタが了承しているということは、それなりの保険もあ
るということだろうと、私は不安ながらも無理矢理納得して依頼先に向かった。
マンションは渋谷の割と地味な建物だった。
hydeについての派手なメディア情報とは違って、こういう人たちは意外と普通の
生活なのだなと思った。
マンションのエントランスで教えられた部屋番号を押すと、「どなたですか?」と
、静かな落ち着いた声が聞こえてきた。
自分の名前を告げると「どうぞ〜」と、やや間延びした、やけに普通の応対が返っ
てきて私は少し拍子抜けをした。
彼の部屋の前で再び名前を言わされると、
今度は本人が扉を開けに玄関まで走る気配がした。
「こんにちは。あー、初めまして」
一応ネットや雑誌で彼の「なり」を確認しておいたのだが、同一人物には思えなかった。
素顔だから余計なのだろうか?
開かれた扉の向こうには、小さな顔の半分は目かと思えるくらい大きな垂れ目が、
下からジッと私を見上げていた。
小さい。
「まぁ、遺伝とストレスですかね?」
綺麗な男だ。
「あなたも見栄えはええよ」
「・・・・・なぜ分かるんですか?」
「誰と会っても最初は同じ反応やから。 表情観てれば何となくね」
年格好の割には聡い部分が垣間見られ、彼がデビューしてはすぐに消えていくよ
うなアイドル歌手の類ではなく、相手の心の機微を推し量れるくらいの苦労はして
いることが分かった。
「どうぞ」と案内されたリビングは、8畳ほどのごく普通の部屋だった。
2人掛けソファに木製のテーブルがあるだけのシンプルなインテリア。
「一人ですか?」
「1人だったり2人だったり。 でも最近はずっと1人」
あぁ、そう言えばネットでもその情報はあった。
バンドのドラマーと同棲中。
「私がここに居てもいいんですか?」
「うん。 ここんとこ来ないから」
hydeは白いマグカップに煎れたコーヒーを丁寧にテーブルに置いた。
「座って」
私にソファを勧めると、彼はテーブル越しに私と対面するように絨毯の上に膝を抱え
て座った。
「コーヒーよかったら。 砂糖とかいる?」
「いえ」
「俺はだめやな〜。 大人になってもブラックなんて苦すぎて飲めない」
そんなことを照れたように言いながら笑うhydeを見ていると、自分は本当に殺しの
依頼のためにココに呼ばれたのだろうかと、hydeの周りに漂うベージュのオーガン
ディーでくるまれたような雰囲気に、思わず飲み込まれそうになりながら思った。
そういえば幾つだろうか?
「幾つ?」
hydeも同じことを考えていたようだ。
「20代後半ですよ」
「若いんだ。僕とそんなに変わらない。「殺し屋」って、みんな『ゴルゴ13』みたいなの
ばかりだと思ってた」
そんなに変わらないって、hydeは幾つなのだろう? 若く見える。
「若く見えるでしょ? でも結構いってるんよ」
どうにも自分の心の中を先回りして読まれているようで、私は、あまり彼とはこれ以上
の会話をしないことにしようと決めた。
「あなたと世間話をしにきたのではありません」
「そうね。うん、そうね。 あ〜、殺して欲しい人がいるって話よね?」
そうだ。だから私はここに呼ばれたのだ。
しかし、こんな可愛い顔をして誰を殺して欲しいと言うのだろうか?
カラーリングされた茶色のセミロング。
その下に時折神経質そうに瞬きを繰り返す大きな目にはびっしりと揃った睫毛があり、
瞬きするたびにバサバサという音を立てそうだった。
バンドのヴォーカルという人物にある特定のイメージを持っていた私にとって、hydeの
物静かでなま暖かい日溜まりのような雰囲気は意外だった。
私が音楽雑誌などで見たhydeの画像。あれはhydeという創り出されたひとつの器で、
こちらが本来の彼なのだろうと私は思った。
そして、細い腕で傍らにある白いクッションを抱きかかえるhydeの少年のような姿が、
人殺しの依頼をしてきたイメージとかけ離れすぎていて、私は真剣に彼の話に耳を貸
す気になれずにいた。
不機嫌面の私にhydeが話を続ける。
「俺を殺してくれないかな〜」
そういうとhydeは私の反応を楽しむように小首を傾げ小さく笑った。
少し沈黙が続く。 話があまり見えてこない。
「自殺でもしたらどうですか」
ふざけるんじゃない、これでも私は忙しいんだ。
モリタさんも仕事の入手経路を複雑にしすぎなんじゃないのだろうか?
どこでどう間違ったのか、この人は面白半分だろう。
こんな頭のニブそうで、興味だけが突っ走ったような子供のようなお遊びに
付き合えるほど私は暇ではない。
それとも、モリタさんは私にhydeを脅させて、金だけせしめるつもりだったのか?
そんなことを思いながら私は点けたばかりの煙草を、テーブルの上の骸骨の口の中で
もみ消すと、ソファから立ち上がりリビングの扉に身体を向けた。
すると、さっきまで目の前で座っていたhydeがいつの間にか私の腕に取り縋っていた。
私は腕を下に引っ張られ、立ち上がったソファにhydeと一緒に座らされた。
「帰らないでよ。 本気なんや。 笑ったりなんかしてごめんなさい。
自殺なんかじゃあかんの。もっと効果的に殺して欲しいんや」
真剣なデカイ目に下から睨まれると少し怖いものがあった。
今までの柔らかな雰囲気の彼からは想像できない、どこか切羽詰まった言い方に、
話を聞くだけは聞いてやろうと私は思った。
「つまりどういうことだか、アナタが出来る範囲でいいからかいつまんで話して下さい」
「アナタなんて言わないでよ。 hydeでえーから」
「・・・・・・・とっとと話してください」
hydeはゆっくりと言葉を選びながらというよりも、少し語彙力が足りないために説明する
のに遠回りせざるを得ないという感じの会話スピードで私をイライラさせた。