そんな彼の話を要約するとつまりは、
同棲中の彼が少し前から冷たくて、
もう全然自分たちは駄目かなと思っていて、
仕事も楽しいし歌も好きだけど、でもそんなことは彼にとっては重要なことじゃなくって、
何もかも嫌になっちゃって死んじゃおっかなぁ〜と思ったんだけど、
自殺なんてしちゃったらすぐに彼に忘れられそうで、
どうせ死ぬなら彼が忘れられないようなすっごい死に方がいいなぁ、
あ、そうだ、ライブ中に熱狂的なファンに目の前で撃ち殺されるなんて素敵!
・・・・・・・・だとか思ったらしい。
私は2本目の点けたばかりの煙草を再び骸骨の口にねじ込んだ。
そして、ソファから立ち上がりかけたところでまた引っ張り込まれた。
「ちゃんと話すから聞いて」
じゃ、今までの話はなんだったのかと少しげんなりしたのだが、300払わせたモリタの手前、
そして、トロそうながらも先ほどよりも真剣な表情に再びほだされて、私はもう一度hydeの
話を聞いてみることにした。
hydeはソファの私の隣に座り、抱え込んでいたクッションに顔を埋めると、ますます小さく
なってポツポツと話し始めた。
俺ね、「桜」って好きなのね。
小学校や街路樹で必ず植えてあるでしょ?
咲いてる時も凄く綺麗やけど、
・・・・・散り始めるとまた泣けるほど素敵やない?
同棲中の彼の名前もね、素敵でしょ。
知ってるでしょ?
ラルクのメンバーって結構入れ替わっていて、アイツはラルクにとって2人目のドラマー。
最初から訳わかんない奴やって、初対面の時はすっごく恐かったんやけどね。
頭いいくせに阿呆なこといっつも平気でして・・・・・
あ、あーゆーの紙一重ってゆうんかなぁ?
ここ最近のアイツは自分のドラムが叩けないんや。
もともと音楽に関してはすごく真面目でヤバいところがあったんやけどね。
知識欲が激しくて、難しいこと考えて、勝手に一人で悩んでる。
でも本当は甘ったれで弱くていろんなとこで虚勢張ってるだけ。
やのに、どこで手にしたんか薬にまで手ぇ出して。
そのくせ、そのこと俺によー言いひんどころか、最近はココにもよーこられへん。
阿呆やろ?
そこまでhydeは一気に捲くし立てると
「なんで俺に言われへんかなー?」
と、最初から私などいなかったかのような無防備な表情で呟いた。
「これ、アナタの席のチケット」
それからしばらくするとhydeは、1枚のコンサートチケットを差し出した。
公式から発券されるものからあらかじめ抜き取り、金券ショップやらオークションサイトに
その何倍もの値段で横流しし、馬鹿なファンに売りつけるらしい。
hydeがくれたのは、横流し前に事務所の奴に色目を使ってもらったものだ。
こんなものでも何カ所も回るツアーでは、結構まとまった金額になるようだ。
「俺ね、自分なりに薬の出所調べてみたの。 美濃興業って知ってる?」
「ミノウ興業?」
うん。 美濃多門ってやつが会長やってる。美濃興業っていろんな事業をしてる
おっきな会社なんやろ?
実は俺のバンドの事務所もレーベルもみんな美濃興業の息が掛かってるんだ。
あまり知られてへんけどね
少し前なんだけど、美濃興業は以前から参入していた芸能部門を拡大して、
独自のレーベルを設立しようとしていたところやったんや。
そこで多門が俺達に目をつけた。
俺達っていうのか、俺にね。
イイ歳してあの糞オヤジ、「君しだいでは悪いようにはしない」なんて言いよってきたんやな。
まぁこれ自体は、俺にはようある話なんやけど。
もちろんそんな話に乗るわけがない。
メジャーデビューしようと四苦八苦してる頃ならいざ知らず。
今の俺たちには、好条件で「お願いします」と頭を下げられてというならばともかく、
そんな二束三文な扱い受けてまで移籍するような理由なんてないし、
今の事務所やその関連ははとても信頼してるんやからね。
ってさ、そんなこと適当に誤魔化して匂わせておけばええやんか。
やのに、あの阿呆は多門に喰ってかかって、
「青二才が誰に恥をかかせたのかわかってるのか」って怒らせた。
「その後の話の展開はなんとなく分かります」
「あ、そ。 つまり、末端のバイヤーのうっえ〜〜〜の方にいたのが美濃興業だったってわけ」
「よくある話です」
「せやね。 でもね、近々アイツは警察にとっ捕まる」
「よく分かりますね」
「まーね。 美濃は一つのシマと俺達を引き換えにぶっ潰すつもりなんや」
「だったら自分ではなく美濃を始末すればいいじゃないですか?」
「TOPがいなくなったって、完全に販路が断たれなければ意味がないよ。
麻薬密売は単なるイタチごっこで、なくなるなんてことは有り得ないやろ?
撲滅の一番の解決策は買わせないようにすることやけど、ドラッグ欲しい奴はどんなこと
したって手に入れる」
確かにそうだ。
一度身体に薬が入れば、なかなかそれを断ち切ることは難しい。
例え好運にもそれを止めることができ健康状態に戻っても、ある時ふっと訪れるフラッシュ
バックで再び手を出してしまうことさえある。
「俺をライブの途中で、彼の目の前で殺して欲しいんだ」
アイツ、そのうち叩けなくなる。
事務所は幾らでも変わりのはいるって判断するやろ。
俺が殺されて死んだって、事務所が同じような対応を取るとは思わないけど、追悼コンサー
トだアルバムだ何だかんだって、きっとそれで一儲けするよ。
分かる? 俺等がいるのはそんな虚像の世界なんだ。
「自分が死ぬことでそのドラムの人に現実に目覚めてでも欲しいって訳ですか?
そんなにその人のことが好きなんですか?」
私はフンッと鼻を鳴らして馬鹿にしたように聞いた。
hydeはちょっと悲しそうな顔をした。
「違うよ。 俺は酷い奴なんや。 こんなことしてラルクに影を落としてるアイツのこと
許せへん。 それから俺に黙ってることも。 アイツには一生消えへん傷を作ったるんや」
「あなたも随分と虚勢を張っているものですね」
「・・・・・なんやそれ」
話しているハイドは私の隣で膝を抱え込み、片腕でも抱きこんでしまえるほど小さくなっていた。
まるで、迷子の子猫がうずくまっているようだった。
いい歳をした男がそんなに淋しそうにしないで欲しいと思った。
それからしばらくし、抱え込んだ膝を伸ばし一つ小さな溜息をつくと、hydeは私の方に顔を向け、
また話を続けた。
『Lies & Truth』ってラルクの歌なんだけど、聴いたことある?
うふふ・・・ないよね。
この歌の途中で殺して。
『歪んだ引き金引いたのは誰?』
ってところがあるんだけど、ここで俺、手で、こう、銃の形を作って自分のこめかみを撃つ真似
をよくすんのね。俺、その日モデルガン持ってこっかな。 ふふふ。
その日だけ特別に銃声の効果音入れてもらうことにしとくしね。
分かる?
『歪んだ引き金引いたのは誰?』
ズドンッ!
だよ?
失敗しないでね。
俺の血で染まったアイツ・・・・想像するとゾクゾクするね。
淡々と話をするhydeが痛々しくて、私は正視することができなかった。
仕事は引き受ける、細かいことはモリタの中人を通して詰める、金の引渡しも中人を通してだ
から、自分とあなたはこれ以上会うことはないとだけ言うと、さっさとそのマンションを後にした。
私は正直苛々していた。
どうしてあそこまで自分の命を簡単に捧げることができるのだろうか?
人殺しをしている私が、そんなふうに命の重さを考えるのも変なのだが。
しかしこれは私がどうこうできる問題でもない。
hydeの命はhydeのものだ。
彼が自分の持ち物をどうしようが私には関係のないことなのだ。
だが、hydeのあまりにもストレートで純粋な思いに、同情というわけではないのだが、殺すなら
せめて苦しませず一発で仕留めてやろうと私は思った。
「んじゃ、一週間後、お願いね〜」
部屋を出るとき、背中に来た時と同じのんびりとしたhydeの声が響いていた。
「殺されるのがあなたみたいな素敵な人で良かったよ」
扉が閉まる直前にhydeは私に言った。
「あなたを殺すのは私ではありません。 たった一発の無機質な鉄の玉です。
あなたは自分が生きてきた二十数年という膨大な年月を、一つの小さな欠片と引き替えにしよ
うとしているんです」
私が扉を閉める瞬間、
「意地悪」
というhydeの呟きが聞こえたような気がした。
帰り際に私は彼らのアルバムを買った。
『Lies & Truth』の入ったアルバムだ。
家に帰り、量販店で1万円くらいで買ったCDラジカセで聴いてみた。
他の曲に興味はなかったので、指定の曲だけ聴いた。
「何だ、ただのラヴ・ソングじゃないか」と私は思った。