会場の客電が落ちてからというもの、場内は異様な高揚感に溢れ返っていた。
激しくヘドヴァンする者、両腕を上げきり身体中でリズムを刻む者、
メンバーの名前をひっきりなしに叫ぶ者。
まさか30手前になってこんな阿鼻叫喚な状態で音楽を聴く羽目になるとは
思ってもいなかった。
目の前のカップルは、男が女の変貌ぶりに辟易しているところだった。
ステージ上のhydeは、そんな観客に腰を振り、舌を出し、中指を突っ立て
煽りに煽っている。彼の一挙手一投足に会場中の観客が反応する。
歌が始まってからこっち、席に座って聴いている人間など一人もいない。
そんな中で一人で座っているわけにもいかず、私も立ちながらhydeの歌を聴いた。
部屋でメソメソしていた男と同一人物だとは思えない。
他のメンバーに妖しく絡みながら歌い続けるhydeに、目の前の女は一々
ギャーギャーと大騒ぎをしていた。
あれでこれだったら、一昨日私が見たhydeのことなんか話してやったら失神
でもするんじゃないだろうか?
想像すると可笑しくて、ニヤけながら腹の上のP228を触った。
客電が落ちてから11曲目。
『Lies & Truth』をhydeが歌い始めた。
高音の透き通るような彼独特の声とは違い、力強く華やかな色気を感じさせる
テノールからの出だし。
その後一気に高音へと歌を昇華させる。
hydeはまだ動かない。
ステージの中央に立ったままだ。
間奏に入ると、hydeは客に背中を向け、ドラムを叩く男に向き直り、
その両腕を大きく広げた。
湧き上がる会場。
hydeが歌いながらゆっくりとドラムセットに向かう。
あの日、私の胸から離れたhydeの瞳は、私に向けられると獲物を捕らえた蛇のよう
にクッと細まった。
私は、皮膚をhydeに舐め上げられてザワザワと総毛立つような感じがした。
「俺が死んだって販路の断たれない麻薬と一緒、アイツは薬をやめれない。
美濃はしつこい奴や。 彼が廃人になっても薬を売りつけるやろ。
ジワジワと苦しみながら殺されるんなら、いっそのこと俺が手を下したる。
それに誹謗や中傷で彩られたラルクなんて悲しすぎる。 俺、引き際は心得てるほ
うなんや」
「で、あなたにお願いなんやけど。 追加契約の一千万、これで彼を撃ち殺して
くれる? 綺麗に額のど真ん中で。 これが俺のアイツに対するせめてもの真実や」
「わかりました」
「俺はアイツの真後ろに立ってる。 彼の頭を撃ち抜いた銃弾は俺にも到達するでしょう?」
「はい、多分」
「ちゃんとラルク(俺)を殺してね」
曲の間奏に入ると、hydeはドラムを叩く男の後ろに回り、首に纏わりつき、彼の頬を舐め、
耳元で何かを囁いた。
会場にはあちこちから甲高い悲鳴が上がった。
おもむろにhydeがモデルガンを取り出す。
初めにドラマーのこめかみに銃身を当てる。
観客を煽るhyde。
皆が拳を高く掲げ、hydeの煽りに同調する。
それからhydeは自分のこめかみに銃口をゆっくりと移動させた。
いい位置だ、hyde。
男の脳髄をえぐり、その細胞の欠片を纏わりつかせながら彼の後頭部から飛び出た弾は、
多分hydeの肋骨のどれかを破損させ、彼の体内にめり込むだろう。
hydeが契約のフレーズを歌いだす。
・・・・・出口のない迷路みたい・・・・・
出口のない迷路なんてない。
なければ無理矢理作ればいいんだ。
・・・・・歪んだ引き金引いたのは・・・・・
いくら引いても歪んだ引き金からは弾は出ない。
そんなことはhydeだって分かってるはずだ。
・・・・・誰?
それに、引き金は他人に引かせるより
自分で引くほうが断然楽しい!!!
hyde!
ドラマーの額を撃ち抜く瞬間、私はhydeと目が合った。
hydeは私に視線を投げかけ、そしてふっと微笑んだ。
「ちゃんとラルクを殺してね」
hydeの依頼。
私はその微笑みに一瞬引き金を引くことを躊躇ったが、
hydeが広げていた両腕を緩め、ドラマーの男の身体を包み込み目を閉じると、
私の口元にも自然と笑みが浮かんだ。
その後、私の右手から肩にかけてはいつもの軽い衝撃が走った。
私の手から放たれた銃弾は、眼前で大騒ぎをしている女の頭上を掠めていった。
男のほうは真後ろで起こった異質音と空気の振動で、一瞬首を竦め私のほうを
振り返ろうとしたが、真横で歓喜狂乱している女のせいですぐにステージに目
を向けなおした。
直後、派手な音を立ててドラムセットをひっくり返しながらドラムの男がhydeと後方へ倒
れこんだ。
演奏を中断し呆然と倒れた二人を見る他のメンバー。
静まり返る場内。
血相を変えてステージに集まるスタッフたち。
最前列の女どもが何が起こったのかと身を乗り出してステージ上の二人の様子を伺う。
そのうちの一人が、真っ青なスタッフが漏らした声を拾う。
「う・撃たれた? 死んでる?」
その言葉は空中にばら撒かれたウイルスのようにすぐに場内に蔓延した。
きっかけはストレスが頂点に達した一人の女の悲鳴。
一気に会場は逃げる客と前に押し寄せる客でごった返しになった。
「依頼コンプリート。 これで満足ですか、hyde?」
私は流れに身を任せさっさと会場を出ると、パニック状態で泣き叫ぶファンたちを尻目に
悠々と会場を後にした。