櫻澤に飯ごうで飯を炊くと言われ、川から上がっていた級友たちは、
木枝を手渡しながら櫻澤を睨みつける秀を固唾を呑んで見守っていた。
よもや秀が蜘蛛の気配を感じ硬直しているなどとは思ってもいなかった。
秀の身体にとまっている蜘蛛は、払いのけようと伸ばした櫻澤の手を
敏感に察知し、8本の脚で秀の身体を滑るように移動した。
「ぎ・きゃーあ・やーーーー! と・とって! やだーーーー!」
秀は、咄嗟に目の前にいる櫻澤にしがみついた。
秀の黄色い叫び声に秀人と堀以外の全員がポカンとし、
特にいきなり飛びつかれた櫻澤は、その拍子に落とした木枝を
足元に散乱させたまま秀の両肩に手を置いて、
ただ真下で震える頭を見ているだけだった。
級友たちが覗きこむ画面には、秀が叫んだ瞬間こそ逃したものの、
櫻澤にしがみついた後、身体に張り付いている女郎蜘蛛を明らかに
怖がっている秀と、その蜘蛛を無表情で鷲掴みにして取っぱらい
秀をなだめている秀人の映像が、
デジカメのムービーと携帯のカメラに綺麗に納められていた。
「これ、屋代、お前一人で撮ってたんだろ?」
「右手にデジカメで左手は携帯。 指がツルかと思ったよ」
「GJだぜ屋代。 特にこの二人のツーショ」
(半泣きで秀人にしがみついている秀とその秀の頭を撫でている秀人)
「欲しいっていう奴たくさんいるだろな?」
「これいくらにする?」
「夏の間にひと稼ぎできるね」
これでも皆、割と裕福な家庭のご子息である。
あの後、皆に凝視されていることに気付き我に返った秀は、
被っていたキャップを櫻澤の顔面に投げつけ、自分のテントに潜りこむと、
誰が何と言おうがその後そこから出てきはしなかった。
「カレーが冷めるよ、一緒に食べよう」と秀人が誘おうが、
級友たちが「虫が怖い奴なんて秀だけじゃないから」
などとちょっとは空気読めよなセリフで慰めようが、
「秀ちゃんのそんなギャップが僕にはたまらなく魅力的なんだけど」
と、堀がどさくさにまぎれて口説こうが、一向に埒があかなかった。
「ったく、天の岩戸か!! ほうっといたほうがいいだろう。 面倒くさいおこちゃまだ」
秀に対する周囲の甘やかしぶりにうんざりした櫻澤が
吐き捨てるようにそう言うと、
「櫻澤さん、天の岩戸って上手いこと言いますねぇ・・・・」
同じくうんざりしていた小宮山がそれに同意した。