ぼくの夏休み  灰×灰シリーズ 


「それで、どうしてあなたが配車で来てるんですか?」
 
長瀞へ出発の朝、
秀が父親が持っているはずのカードで適当に買い物したキャンプ用品を手渡しながら、
車にそれらを詰め込んでいる秀人の盆栽仲間櫻澤に彼は尋ねた。
 
「あの日の話、聞いていなかったのかい?」
 
聞いてなどいるわけがない。
事の進みようにショックで頭が呆然としていたのだから。
 
「ナナさんが子供だけじゃ心配というのでね。
昔、私はこれでもボーイスカウトをしていたんだ。
キャンプなんてお手の物ですよとういわけで、私が引率することになった」

「確か屋代と小宮山のお兄さんが来るって」
「私の付き添いはナナさんたっての頼みだ。 
彼女にああ言われては断れないよ。ちょっと私のお袋に似ているんだ」
 
“ここだけの話だよ”と櫻澤はは言ったが、ここにもいたかマザコンが。
どうりで秀人とそりが合うはずだ、と秀は思った。
 
「しかし、一泊のキャンプに重装備だな。 このテントは何人用なんだい?」
「6人用」
「6人! 私と秀人君と秀君の3人だったら充分な広さだな」
「なに寝ぼけたこと言ってるんですか。 これは俺と秀人の二人用ですから。
あなたは他のテントに行ってくださいね」

ただでさえ不本意に行くことになったキャンプなのに、
初めて訪れた家で人の手を握るような危険な人物と、
誰が同じ空間で秀人と寝かせられるか。

もちろん、これは秀の心の中の叫びである。

「二人じゃ広すぎやしないかい?」
「俺、最初で最後のキャンプ体験で不自由な思いするの
(特に秀人にさせるのは)絶対嫌なんです」
 
「君、テント張ったことあるの?」
「ありませんけど。 説明書付いてますから」
 
「ふふん、まず無理だな」
「そうだよ秀。 キャンプなんてしたこともない僕たちがテントまで張れるわけ
ないだろう?ちゃんと大人しく、素直に櫻澤さんの言うことを聞いて、
キャンプのノウハウを教えてもらわなくちゃね!」
 
秀人、そんなにキャンプしてみたかったんだ。
 
無邪気にやる気を見せる秀人が無性に可愛くて、
危険なおっさんに鼻で笑われたことの苛立たしさなど忘れ、
たまには星降る夜空の下、秀人と二人(他の者たちは端から頭にない)
というのもきっと悪くない。
こんなに秀人が楽しみにしているのなら多少の不自由さなんてこの際我慢し
ようと秀は思い直したのだが、その考えが甘いことに気がついた。


 
長瀞の上流に着くや、途中のコンビニで落ち合った3台のRV車は
あるビューポピントを見つけると、次々とその河原へと滑り落ちていった。
道なき道をいくRV。
これぞ四駆の醍醐味とばかりに駆ける車に車内は凄い振動である。
ほどなく車はは緩やかなカーブを呈している川と、
その川に寄り添うようにつくられた河原に停車した。
 
「ここで何するんですか?」
「面白いことを言うね秀君。 君、キャンプをしに来たんだろう?」
「キャンプって、ちゃんとしたキャンプ場じゃないんですか?」
「あんなところでするのはキャンプって言わないんだよ」
「だってここ、トイレもシャワー設備もありませんよ」
 
河原しかない。
 
「何言ってるんだい。トイレは山でシャワーは川で済ます、それがキャンプさ」
 
ごめんなさいお兄ちゃん。噛みついたこと反省してます。
今からでもいいから引き返そうよ。
 
17年生きてきたが、秀はそんなに切実な願いというものを秀人関連以外にし
たことがない。
割と今まで何かに不自由するなんてことはなく生きてきたことにそのとき気が
ついた。
たぶんこのまま生きていくことは、秀たちの場合かなりの確立で可能だろう。
こんなに何かを願うことなんてこの先ないと思う。

だからお願いです。 せめて設備の整ったキャンプ場に連れていってよ!
キャンプ初心者の俺たちに、いきなりこの環境はハードすぎるよ。
 
そう同意を秀人に求めようと思った矢先、秀の人生初の秀人関連以外の切実
な願いは秀人の一言で敢えなく砕け散った。
 
「凄いね、しゅう! 僕、一度こういうことしてみたかったんだよ」

秀人は前日に降った雨で水量と勢いが増している河面をに驚き、
川水で洗われたゴツゴツとした石が敷き詰められた河原に
早くもテントを張り出した櫻澤を感心しながら叫んだ。

こんなに自分の感情を露わにした秀人など見たことはそうそうない。
秀にはそれだけで再び自分を押しとどめるには充分だった。

楽しそうだね、秀人。よかったねー。
今日の夕飯、昨日からナナさんと下準備で仕込んでいたチキンカレーだろ?
一生懸命煮込んでいたもんね。うわー楽しみ。俺にチキンたくさんよそってね。
真っ暗になったらすることないから、さっさとテントにいってイチャイチャしよう。
「みんなに聞こえちゃうよ」なんて言ったら、秀人一生懸命我慢するんだろう
なぁ〜。
実は俺も「そういうこと」してみたかったんだよー。
 
などと想像してる場合ではない。
こんなことなら学校主催のキャンプ体験にちゃんと行って、
秀人の知識欲を適度に緩和しておくんだった。
これからの20数時間は、自分の人生の中でもワースト3に入る酷いものになる
に違いない。
だけど、今まで秀人にはキャンプ体験を我慢させていたんだし、あんなに秀人
が喜ぶんだったら、もう少し早くに俺が我慢すべきだったのかもしれない。

そんなことを健気に思いつつ、それでも車から荷物をおろす間河原のゴツゴツし
た石を見て、「エアーマットたくさん持ってきて正解だった」と、頭の隅で懲りずに
まだ秀は思っていたのだった。

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