さて、話が少々さかのぼる。
幼少期のトラウマは、後に様々な障害や症状、
または依存的な行動の原因になると言われている。
秀の症状にもそれは確認できる。
そして、彼のトラウマによる障害は、
男の子には致命的なものである。
それは、秀が両親のSEX現場を目撃し、
秀人をSEXの対象と誤認してしまった同年夏、
つまり双子5才の時の出来事だ。
家を空けがちな両親は、祖父母に子供をまかせっきりな心苦しさを、
時に金銭的な問題で解決しようとした。
金なら腐るほど持ち合わせのあるこの両親は、
幸か不幸か双子に対する愛情も腐るほどに持ち合わせていた。
深夜に帰宅し、目の中に入れたって痛くない、
いや、こんなに日中会えないのならいっそのこと
目の中に入れて持ち運びたいくらいに思っている我が子が眠る寝室を覗き、
相変わらず一つのベッドに二人の天使が丸くなって眠る姿に
目尻を下げまくっていると、
ベッド脇に積まれた書籍の中に幼児用とは思えない
精密なデッサンがされている昆虫の専門書を見つけた。
「何ごとにも本物を」という教育方針がモットーな祖父が
買い与えたものであろうことはすぐに想像がついた。
床やベッドの上には、祖母の手による色とりどりな折り紙の昆虫が散乱し、
秀の可愛らしい手にはその中でも特に彼のお気に入りなのであろう
カブト虫が、しっかりと握られていた。
こんなに昆虫が好きなのに、都会に住んでいては好きなように
生きた昆虫と触れ合うことなど容易なことではない。
不憫だ。
「病院も自宅も売って、もっと昆虫が沢山いる大自然いっぱいな場所に
でも移り住んだらどうだろうか?」
「それじゃ患者さんに対して無責任じゃありませんか?
行けないなら連れてこればいいんです」
母親は丁度、外国産昆虫の輸入に関わる外来種管理法の設置について、
オーストラリアの昆虫業者と
日本昆虫・甲虫・鞘翅学会との橋渡しをしたところである。
法規制緩和によって日本ではまだ珍しいカブト虫が、
ちょっと無理強いすれば手に入るかもしれない。
「一匹二匹なんてくだらないこと言ってないで、
二人の幼稚舎の友達も全員呼んで目一杯楽しんでもらう
というのはどうかしら?」
そして事は起きた。
一週間後、夜中に昆虫業者が玄関先に運び入れた
カブト虫が入っているおがくずの木箱から、
双子が食べ散らかしてそのままに寝てしまった
ゼリーの甘い香りに引き寄せられ、
約100匹の大きさも形状も色も日本のカブト虫とは異なる
外国産のソレがぞよぞよと這い出した。
双子は羽音で目が覚めた。
床に置かれた喰いさしゼリーの入れ物の上に
黒だかりとなっている虫の山。
互いにぶつかり合いゴツゴツ・ギュシギュシと
不思議な音を出し合っている。
カーテンにも点々と黒い影が留まっている。
ぶーんという力強い羽音を立てて数匹の大きなシルエットが、
双子の頭の上を飛び交っていた。
「「きゃーーー!!!」」
秀はタオルケットを頭から被ったが、秀人はベッドから飛び降り、
祖父が買ってくれた昆虫図鑑を手に
一匹ずつ形と名前の確認作業に入り始めた。
声を聞きつけて部屋に飛び込んできた祖父母は、
床にはいつくばりひっくり返した昆虫の腹を撫でたり、
羽根を無理矢理に広げたりなどしている秀人と、
布団の中で号泣している失神寸前の秀を見つけた。
以来、
こまめに部屋の掃除をするのは秀のほうである。
秀人の部屋は必要最低限に読みかけの本や、
脱いだ衣服などがとっちらかり、
それに痺れを切らした秀が時々片づけたりしている。