ぼくの夏休み  灰×灰シリーズ 


櫻澤は作り上げたかまどの前で腕組をし、二人の帰りを待っていた。
 
あとはかまどに火を起こすだけだ。
今日のかまどの出来は最高だ。
形といい飯ごうまでの高さといい申し分ない。
これならこのひよっこたちに
芸術的に美味いはんごう飯を
食べさせることができるだろう。
堀君と秀君はまだなのか?
 
 
すると、歪曲した河原の向こうからひょっこり秀が現れた。
両腕にはそれなりの木枝を抱えている。
堀の姿はまだ見えないが、そのうちに現れるだろう。
両腕に木枝を抱え足元を石にとられながら、
一心不乱な様子でこちらに向ってくる秀を見て、
「よしよし、やればできるじゃないか」と、
櫻澤は自分が秀に下した強硬手段の効果にご満悦だった。
 
自分が拾い集めた枝で飯ごうを炊く楽しさ。
労力のあとに炊きあがる飯のその美味さ。
秀人君の米の水加減、小宮山君のかまどの出来、
もちろん火加減だって大切だ(これは秀人君の友達にさせてみよう)
あぁ、そうだ、それに秀君。
君が拾い集めてきてくれた枝なんて、飯ごう炊くのにちょうどいい太さだよ。
うまい具合に炊けたのも、君がいい枝を拾ってきてくれたお陰だな。
どうだ! 大自然とともに仲間と共存するこの素晴らしさ!
一人で生きることは人間にとってなんと味気のないことか、
キャンプはそれを教えてくれるだろう?
 
上出来だ。
これで秀君もキャンプの醍醐味を理解してくれることだろう。
 
 
「拾ってきましたよ。 これでいいですか?」
 
目を瞑り頷きながら頭の中でそんなシミュレートをしていた櫻澤は、
突然目の前で聞こえた秀の声にハッと我に返った。
目を開けると、秀が拾い集めた枝を櫻澤に手渡そうとしているところだった。
「お疲れ様。 ありがとう」
そう言おうとして櫻澤は顔をしかめた。
 
秀君、どうしたというのだその不機嫌面は?
 
キャンプ当初からそう機嫌良くしていたわけではないが、
木枝を櫻澤に押しつけるように手渡している秀の眉間には
縦に皺がきつく寄り、口は真一文字に結ばれていた。
反対に、少し遅れてやってきた堀は満面の笑顔だ。
 
櫻澤は思った。
 
そんなに枝を拾いに行くことが面白くないことだったのだろうか?
自分の判断は失策だったか?
いや、こんなことでくじけてはならない。
なんとしても秀君にはキャンプの楽しさをわかってもらいたい。
取りあえず枝を拾ってきてくれたことを、
この場の雰囲気を
少しでも和らげる方法で労わなくてはならない。
 
 
櫻澤がそんなことを考えている間、
当の秀は
堀にされたセクハラの憤りがなかなか解消されずにいた。
堀に尻を撫でられながら、
 
「もうちょっとお肉がついてるほうが好みなのよね〜」
 
などと言われたことを思い出し、
もう一発殴っておけばよかったと後悔していた。
 
それから、櫻澤に木枝を渡そうと彼を見上げると、
彼は真顔で秀の顔を凝視していた。
 
なに人の顔ジロジロ見てんだこのおっさんキモッ
 
八つ当たりだとわかっていながらも、秀の憤りはますます高まった。
気の利いた嫌味でも一つ言ってやろうと思ったところで、
櫻澤が先に何かを思いついたように口を開いた。
 
 
 
 
「秀君、君の帽子に・・・・」
 
 
== またか ==
 
 
 
さっき堀に騙された手口と同じことを言おうという櫻澤のタイミングの悪さに、
秀は呆れを通り越し怒りを覚えた。
抱えている枝を櫻澤に手渡し、「俺の帽子に蜘蛛でもとまってますか?」と、
櫻澤を睨み付けながらぶっきらぼうに返事をしたところで、
帽子の下から覗く髪の毛から何か小さなものが
首筋あたりへと「ぱさり」と移動する軽い衝撃を感じた。
 
こ・この感触はまさか。
 
背中に冷や汗が落ち、両腕には鳥肌が立ち上がった。
最悪なシチュエーションに目眩がしそうだ。
徐々に「それ」は自分の首への移動を完遂させつつある。
 
「秀君、大丈夫かい?」
 
自分の表情の劇的変化に櫻澤が戸惑っているのが秀には分かるのだが、
そんなことに対処できるほどの余裕は全くない。
 
「櫻澤さん、ここ・・・・ここにいるの何?」
 
平静を装ったつもりの声が思いの外震えていて、
秀は心の中で舌打ちした。
もはや秀の身体へと完全上陸した「それ」の正体は、
櫻澤の返事を待たなくとも秀には分かっていた。
 
最悪だ。こいつはアレだ。
虫が嫌いな俺の最大の敵。
やだやだやだやだやだやだやだ〜〜〜〜〜〜〜〜。
 
しばらく秀の顔を神妙に見つめていた櫻澤が、
「うん、これは蜘蛛、女郎蜘蛛だけど、秀君、君、蜘蛛が苦手なのかい?」
と言いながら、秀の身体にとまっている蜘蛛を払おうと手を伸ばした。
その瞬間、櫻澤の手から逃れるために、蜘蛛はあの独特な軽妙さで
とまっていた秀の身体の反対側へと移動した。
 
「!!!!!!」

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