「と、まぁ、そんなことがあったのよ」
絹子さんは、さっきまで店内にいた黒い団体がすっかり引き上げ、
終電に乗り遅れたサラリーマンや酔っぱらったガラの悪いホストたちが
だらりと座って珈琲を飲んでいるガランとした24時間営業のハンバーガーショップで、
「さっきのことを説明してちょうだい」と、詰め寄られた職場仲間の彰子さんに話した。
さっきのことというのは、最近の不景気で金曜の夜だというのに
閑古鳥な店を今日は思い切って早閉めし、
職場仲間の彰子さんとたまには映画でも観ようかと
三丁目の交差点を左に曲がったときのことだ。
丑三つ時も過ぎたというのにやけに多くの女の子たちが歩いている。
絹子さんの真後ろを歩いていた女の子が甲高い声でこういった。
「パリのハイドのMCー、たのしみぃ〜」
「あら? ・・・・・はいどって?」
ほんの一瞬、聞き間違いかのように聞こえたその人の名前は、
絹子さんに随分と昔のことを思い出させた。
真夜中の新宿に黒い固まりの団体。
その流れに添って歩いていた絹子さんが不意に立ち止まったことで、
後ろで歩いていた女の子たちは絹子さんにぶつかった。
「きゃぁ、すみません!」
「あなたたち、今誰の話をしていたの?」
「えー? っと、ハイドの話してたんだっけ?」
「うん、そう」
顔半分を長い髪の毛で隠したようなヘアスタイルの女の子が、
その隣りでフライドポテトを摘みながら絹子さんの顔を見ている女の子に聞いた。
フライドポテトの女の子は怪訝そうに答えた。
絹子さんたちが映画を観ようと思っていたバルト9は、
どうやら今夜、「L'Alc〜en〜Cileの初パリLIVEを衛生中継する」ためにそのファンで
貸し切り状態になるらしい。
説明を受けながら絹子さんはバルトの前でその女の子たちに礼を言った。
なるほど、バルト前は同じ様な雰囲気の女の子や男性で溢れかえっている。
バルトに入っていく女の子たちの会話が、再び絹子さんに漏れ聞こえてきた。
「でっかいおばさん」
「おばさんって、アレ男じゃん?」
「うそ男? 胸あったよ?」
「同じ男で胸があってもはいどとは段違で醜悪」
「ちょっとあんたたちーーー!!!」
絹子さんはバルト前で仁王立ちになり拳を振り上げた。
180近い身長の絹子さんのその迫力は彰子さんを赤面させた。
女の子たちは駆け足で建物内に入っていった。
絹子さんを引っ張ってその場からは離れようとする彰子さんを振りほどき、
しかし絹子さんは尚もドス声で叫んだ。
「あんたたちにはいどちゃんの本当の可愛さなんかわかんないわよばかーーー!」