晩海


車の中でウトウトして、海に着いていたのも気がつかなかった。
「ほら、hyde。 着いたぞ、起きろ」
身体を優しく揺すられて、寝ぼけ眼で車から降りた。
 
夏の終わりの真夜中の海。
月だけが海上にぽっかりと浮かんで、海面を照らしている。
微風が静かに波を起こしていた。
どこもかしこも青白く光って、
まだまだ熱帯夜の続く夜だけど、
海から渡る潮風が気持ちよくて、涼しく感じるほどだった。
 
少し先を歩くサクラが振り向いて言った。
 
「よぉ、砂の城、つくらないか?」
 「? 何、ガラにもないこと言ってんだよ」

俺はこの時に気がつくべきだったのかもしれない。
 
「いーじゃねぇか。 つくろう、つくろう」
「信じらんねぇー」
 
とは言いながらも、実際こんな誰もいない砂浜で、
無邪気に夢の建築物を創りあげるのはとても楽しいものだ。
 
螺旋状の城に周りの砂を掻き揚げて、更に高く高くしていく。
 
「トンネル掘ろうぜ!」

子供みたいにサクラがはしゃいだ声で言う。
 
あ〜、子供のときよくやったよね。
あっちとこっちでトンネル掘って、真中で手を繋ぐの。
 
そんなことを思い出しながらトンネルを掘った。
城の真中辺りで、きっとサクラの手に繋がると信じて。
 
 
 
最初はスッと小指を掠める感覚。
あっ、繋がったかなと思った。
次にさわさわと遠慮がちに手に触れてきた。
 
何やってんだよ、サクラ?
 
と思った瞬間、グンッと物凄い力で引っ張られた。
砂山に頬をつけながらサクラに抗議する。
 
「いきなり引っ張るなよっ! この馬鹿力が!」
 
サクラは「何言ってんの?」という顔をして俺を見ていた。
 
「だから引っ張るなってのっ!」
 
と怒鳴って変なことに気が付いた。
 
俺、サクラのほうに引っ張られてない?
砂の真下に引っ張られてる?
 
「ぅわ〜」
 
サクラは無表情にまた砂の城を高くし始めた。
 
「サ・サクラ?」
 
「助けて」と言おうとしたのに、声が出ない。
砂に顔がめり込まないように抵抗するので精一杯だ。
 
俺の恐怖は砂の中に引っ張り込まれるという不安よりも、
今や自分の腕に纏わりつくものの正体が何なのかという想像が、
かなり高い確率で現実のものになりつつあること
だった。
 
これ・・・・手・・・・・一本じゃない・・よ・・ね・・・・
サイズもサクラよりはるかに小さいし・・・・・・・
 
分かっているだけで、俺は3本の小さな手によって、
砂の中に引きずり込まれようとしている。
 
「う・・・離して」
 
こ・・怖い。
サクラの様子も変だし。
このまま砂の中に入っちゃったら・・・・・
引っ張ってる奴等と俺・・・ご対面やんかっ!
そ・・・それ絶対、いやっ!
 
「サクラ!」
 
サクラは呼んでも顔を上げない。
月の光が彼の真後ろから差し、サクラの表情は真っ暗で分からなかった。
 
あかん・・自分でなんとかせなっ! 
 
砂の中の手は完全に砂中に入り込んでいる俺の腕の
既に上腕にまで登りつめていた。
 
嘘やろ〜〜、やっぱり3本や。
 
3本の手がかわるがわるに腕のあちこちを掴み、
俺は少しづつ下方に引っ張り込まれていく。
 
でもな・・この距離やったら手の主の顔、砂から出てても
おかしないやん? なんで出てきーひんの? 
 
・・・・・・・・・めっちゃ長い手なん?
 
そこまで冷静(?)に考えて、それが現実を超越した
物すごく恐ろしいことだということに気が付いた。
 
「いやっ! 顔出ててもいややけど、長い手もいやぁーー!!」
 
俺は今まで出したこともない、そしてこれからもこんなに
リキむことはあらへんやろというくらい、渾身の力で自分の
腕を引っ張り上げた。
 
バッサァーという砂飛沫とともに後方に尻もちをついた状態で倒れこんだ。
俺の腕には砂の中から続く長い昆布が3本巻きついていた。
 
しかも、あり得んほどキツく。
 
 
「何一人で大騒ぎしてるんだよ」

必死になって腕に巻きついた昆布を取っていると、
サクラがすぐ
傍で俺を見下ろしていた。
 
「お前! これ見てみぃ!」
「昆布だな」
「あり得るか? 普通こんなことっ?」
「今、目の前に・・・」
「しかも、コイツ等俺を砂の中に引っ張り込もうとしたんやっ」
「昆布が・・・・?」
「昆布ちゃうでーーーー!!!」
 
わけ分かんねぇよっ!とサクラにどやされ。
とりあえずお前その砂だらけの何とかしろと、
今度は俺は
サクラに海に引っ張り込まれそうになった。
 
あんなことがあった後に夜の海に入るなんて!
これがホラーなら海に入った時点でもう一回何か起こる! 
とふんだ俺は、
 
「い・・嫌だ! サクラ! もう帰ろう!!」と、へっぴり腰もいいとこで
サクラに懇願するのだが、彼はそんな俺にお構いなしに、
俺の手を握りどんどん海に入っていく。
 
俺は、「嫌だ!」を繰り返し砂浜の方に戻ろうとしているし、
海水が両足の動きを鈍くさせているはずなのに、
そんなことは微塵も感じさせることなく、
サクラはどんどん俺を
深みへと連れて行く。
 
海水が腰骨辺りの深さまで行った時、
サクラは急に立ち止まり、ずっと沖を向いていた顔をゆっくりと俺の方に向け始めた。
 
完全にこちらを向いても、
やはり月光の加減でサクラの表情は
はっきりと分からない。
 
「お前・・・俺の手・・・絶対に離すなよ・・・」
 
サクラはゆっくりと抑揚のない声で呟く。
 
は・・・離しませんっ! こんな状況で離せませんっ!
てゆーか、サクラこそ離さんといてぇ!
 
 
波が一定間隔で押し寄せ、二人の身体を、
 
ゆらり    ゆらり    ゆらり
 
と揺らす。
不安定な浮遊感。
海面下で繋がれた手を、もう一度ぎゅっと握り締めた。
サクラの手は冷たかった。
 
「いいか、離すなよ」
 
サクラがまた、言う。
 
離さないよと言おうとした途端、俺は自分の目を疑った。
サクラのすぐ後ろに5メートル程の高波が迫っている。
いつの間に? なぜ?
 
「サクラッ!」
 
飲み込まれると思った瞬間、波は二人の頭上を天蓋のように覆っていた。
身体が本能的に目を瞑り、大きく息を吸い込むという動きをする。
波に飲み込まれ、上も下も分からない感覚に襲われ、
海水の中で海岸のほうに転がされていく。

問題はその後だ。
大波が引く時になるべく沖に流され
ないように抵抗しなければ。
自分が明日の朝、ぶよぶよに膨れた無様な土左衛門
で発見されないために!


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