魅惑のハロウィン・ナイト


「hydeさん、お疲れ様です。 お水如何ですか? バナナもう一本
 どうですか? 煙草は? あっ、足でもマッサージしましょうか?」
 
イベント中にほんの慰み心でチューしてやったヤスからは
先ほどからしつこくまとわりつかれ、
 
「hyde〜〜〜、もうっ、犯罪級な可愛サです。
 アニスったらドキドキしちゃったわ〜〜〜」
 
本日の目玉、アニスとのmouth to mouthをすっかり忘れていたために、
不本意にも少し素を曝け出してしまったことをちょっと悔やみ、
 
「hyde、打ち上げには俺も参加するから、その制服脱ぐなや!
 絶対やで! 脱がんとってー!」
 
tetsuからは涙目で訴えられたことをかなりウザく思いながら、
hydeはヤスとアニスを従えて楽屋へと廊下を歩いていた。
 
すると、狭い廊下の向こうから仮装した男が大股で歩いてくる。
 
 
...あんな仮装した人いてたかなぁ? スタッフか? バイト君? 
 しかも、あれは俺がベタすぎると思って諦めたドラキュラ?やん?
 
シルクハットを片手で抑えながら斜め深く被り、
少しうつむき加減
なため顔はあまり見えない。
立て襟コートで身体を覆ってはいるが、体格はかなり良さそうで
がっしりとしているのが分かる。
それがものすごい勢いでこちらに
向かい早足で歩いてくる。
どうやら相手は道をあける気はなさそうだ。
 
仕方ない、こちらが譲るか。
 
hydeと同時に男に気がついた後続の二人も揃って壁際に身体を寄せ
男をやり過ごそうとした時、シルクハットから覗く独特な顎の
ラインに見覚えのあるhydeが「え?」と小さく呟いた。
 
と同時に男が丁度hydeの真横で立ち止まると、
帽子の下の口が
ニヤリと笑う。
 
「嘘?」
 
hydeは男の顔を信じられないという様子で覗き込む。
 
「サ・サクラ?」
「おう」
 
取り去ったシルクハットの下からはいつもの見慣れた男の顔が現れた。
しかし、髪の毛をオールバックに撫でつけ後ろで一括りにし
すっきりと顔を出し、黒のタキシードに立て襟コートに身を包んだ櫻澤は、
hydeから見ても普段のサクラとは全くの別人に見える。
 
「サクラ? どしたん? その格好」
「仮装しねぇと入れねぇんだろ? 全く面倒くさいなっ!
 それに、そんなこと俺に聞くな。いろいろ都合ってもんがあるらしい」
「?」
 
ヤスとアニスを完全に忘れた状態で話がどんどん進みそうなので、
嫌な予感を隠し切れないヤスが思い切って話しかけた。
 
「あの〜、サクラさん、どうしてこちらに? それも今頃」
「そうやっ! 何で来たん?」
 
hydeの問いかけに多少顔を引きつらせながら櫻澤は
懐から
携帯を取り出し、ひとつの画像を選ぶとhydeに見せた。
 
「何でかだって? こんな節操ない格好してる奴の顔を見にだ!」
 
櫻澤が取り出した携帯には、tetsuが送りつけた
「後ろを向いて自らのミニスカをたくし上げ、尻を突き出しパンツを見せてる」
hydeの画像があった。
 
顔面蒼白になっているhydeの横からアニスが抗議する。
 
「仕方ないでしょー。これ、お祭りなのですよー。サービスよ、サービス。
 来た人だけのトッケン。ハッピーカムカムよんっ」
「俺やってな、サクラとかいてたらこんなことせーへんわ」
 
消え入りそうな声で言い訳をするhydeに
今日の勝利を予感し始めた櫻澤は、ここぞとばかりに徹底抗戦をする。
 
「ほーぅ。「とか」って何だよ? それにお前は俺がいなかったら
 どこでもこんなことやってんのか? 知らなかったなー」
「・・・そんな格好えぇ格好して、陰険やでサクラ」
 
上目遣いで恨めしそうにそう言われ、思わず「うっ」と言葉に
詰まった櫻澤だが、いつもこの段階で折れるからいけないんだと
自らの萎えそうな気持ちを奮い立たせ話を続ける。
 
「これだけじゃねぇぞ」
 
そう言うと、今度は櫻澤は携帯をプッシュしどこぞへと繋げた。
一連の櫻澤の行動を不思議そうに見ていたhydeは、
その口から
出るとは思ってもいなかった名前を聞いて愕然とした。
 
「よ〜ぉ、tetsuか? さっきは途中で切って悪かったな」
「おー、サクラ。 いや、かまへんけど」
 
櫻澤の携帯はわざと受話音量がMAXにでもなっているようで、
tetsuの声が狭い廊下にびんびんと響いた。
 
「ところで、「今日のびっくり企画」はお前的にどうだったんだ?」
「やけに声が響くなぁ? お前今どこにおるんや? まぁえぇけど。
 いや〜〜、俺的にもなにも皆大満足やろ?」
「どう大満足だったんだ?」
 
櫻澤の眉が少し吊り上ったのを見逃さなかったhydeは、
「てっちゃん、余計なことゆうなや〜」と祈る気持ちでいたのだが、
その祈りもtetsuには届かず、無常にもtetsuの興奮した
萌えトークが静まりかえった廊下に響き渡った。
 
「おっ前! 『どう大満足だったか』だって?
 女子高生のhydeがお姫様のアニスとチューやで?
 しかもな、hyde、それ本気で忘れとったみたいでな、アニスに
 チューされたあと目ん玉まん丸にしてびっくりしとんのよ。
 近頃じゃ女子高生でもあんな反応せえへんやろっ!
 アンプの上に座ったり.....見えそうってのかな、
 いや、見せパンって分かってんにゃけどな、
 hydeって分かってんにゃけどなー。
 こうー、何ちゅうーの、男のロマンをくすぐられるって?
 そのままフィギュアにしてガラスケースに閉じ込め...」
 
ブチッ!!!!!
 
「一生言ってろっ!」
 
携帯を握り潰しそうな勢いで切ると、
櫻澤の怒声が廊下に響いてエコーした。 
 
「という訳で、こんなところにこんなhydeをいつまでも
 置いとくわけにはいかないんで、失礼する」
 
もうほとんど顔色を失っているhydeをいかにも
「これ以上誰にも見せたくない」
というようにコートの下に隠し入れ、
足早にその場を立ち去ろうとする櫻澤に、
止せばいいのにアニスが噛み付いた。
 
「ち・ちょっと〜〜何ですカ〜、hydeはね、
 これから明日の打ち合わせがあるのですよ〜。
 その後は今日の打ち上げだってあるの。皆、待ってるですのよ!」
「そんなもんhyde抜きでやれ」
 
「ま、いやね〜、コレはサクラさんアレですね〜。
 『アニスとhydeのチューにヤキモチ』焼いてるですね?」
 
ヒ〜〜〜、アニスの阿呆。 何、地雷踏んでんにゃっ!
 
コートの下で身を縮こませて二人のやり取りを聞いていたhydeが、
下からそっと櫻澤を伺うと、そこには不気味に無表情な櫻澤の
顔があった。
 
あぁ、コレは相当怒っとる。 ヤバイわ。
 
そう判断したhydeは櫻澤のコートからひょっこり顔だけ出し、
 
「ア・アニス、ヤス、俺は大丈夫やから。 お前らはよう打ち合わせゆけ。
 サクラの気ぃが済んだら俺も後から合流するから」
 
と、双方に当たり障り無く言ったつもりだったのだが、櫻澤はhydeに
にこりと微笑むと、もう一度アニスに向き直り言葉を続けた。
 
「キスだ?」
「hydeとキス?」
「俺がヤキモチ?」
「へぇ〜、お前ら、hydeとのキスってどんなもんか知ってんのか?」
 
「「「?」」」
 
俺とのキスってどんなもんなの?
 
櫻澤の言っている意味をゆる〜く考え始めようとしていたhydeの腰を
櫻澤が引き寄せ、hydeが はぁ? と思っている間に、
hydeは櫻澤に唇を塞がれていた。
 
しかも、ドッキング部分はしっかり二人に丸見えです!
 
 
アホザクラー! 何すんねんっ! 
アニス!ヤス!お前らも何見てんねん!
あー、サ・サクラ、ちょ・舌、舌、入れるなー! 
本気かますなー!
.....あ・あ・あ〜、も〜、ちょっとアカン〜〜〜
ん〜〜〜、も・いやぁ・・・・・
 
 
名残惜しそうにもつれ合う舌と舌が離れた瞬間、
すっと糸を引いた唾液がhydeの細い顎をつたうと、
櫻澤の指が優しくそれを拭い取る。
「はぁ...」
漏れた吐息と共に、腰砕けになったhydeの身体が揺らぐ。
櫻澤は抱いていた腰ごと身体を引き寄せ、
その小さな頭を自らの胸にかき抱く。
 
櫻澤はhydeの頭を胸にしたまま、
『ムンクの叫び』を実写化するときっとこんな感じになるだろう
という表情のアニスとヤスのほうに顔だけ向け、言った。
 
「分かったか? 
 hydeにとってキスってのはな、こういうことを言うんだ」
 
「んな子犬の舐め合いみたいな代物に俺がヤキモチ焼くかよ、馬鹿野郎」
 
「んじゃぁ〜〜、そゆことで、どちらさんも御機嫌ようさようなら」
 
どう見ても『イケナイおぢさん』が『女子高生』をたぶらかして
どこかに連れ出そうとしているとしか見えない二人の後姿に、
やっと我を取り戻したアニスが再び吠え付いた。
 
「ちょっとー! hydeをどこに連れてくのよー!」
「気の済むようにさせてもらう」
 
振り向きざまに櫻澤はそう言うと、
しなやかな仕草でシルクハットを少し持ち上げ、
hydeとともに廊下の曲がり角に消えていった。
 
「ヤスー!(←呼び捨て)、二人を追いかけなさいよー!
 絶対あの人アレ以上のことhydeにするつもりよっ!」
 
「嫌だよーー。 アニス追っかけてよーー」
 
「無理よ! アニスこんな格好(お姫様)してんのよっ!
 勝ち目ないに決まってんでしょーーーー!!!」
 
「そういう問題なの? 
 じゃ、俺だってこんなん(冥土)だから無理」
 
「キーーー!!! 悔しいぃぃぃぃ〜〜〜」
「hydeさ〜〜〜〜〜ん!!」
 
薄暗く狭い廊下には、女装した二人の男の野太い声が
空しく響くだけであった。

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