次の日、僕はいつもよりも遅くに目が覚めた。
きっと、昨夜なかなか寝付けなかったせいだろう。
シロがいつもよりも遅い僕の目覚めに、早く布を取ってくれと催促している。
「おはようシロ」
黒い布を取り去ると、白いシロが羽根を羽ばたかせた。
彼が以前、シロが羽根を広げると綺麗だと言ったことを思い出した。
本当に綺麗なのか確かめてみたくなった。
僕は鳥篭の扉を開けて、シロに手を伸ばす。
シロは捕まりたくなくて、鳥篭の中をバタバタと飛び回った。
彼の手には大人しく乗るのに。
どうして僕には懐かないんだろう。
僕にも彼が綺麗だと言ったその羽根を広げて見せて欲しい。
僕はシロを捕まえると、籠から出して逃げられないように強く握り締めた。
小さくて白くてほんわりと暖かい塊。
シロの早い鼓動が僕の手に伝わってくる。
あぁ、これが生きてるってことなのかなぁと、漠然と思った。
「何やってんだよっ!!」
突然彼の荒々しい声がした。
彼がそんなふうに声を荒げるのは初めてだったので、僕はびっくりして
彼の顔をみつめたまま、その場に立ち尽くしてしまった。
彼は部屋に入ってきた扉から駆け寄ると、僕の手からシロを取り上げた。
「逃げるよ」と思ったのに、シロは逃げなかった。
彼の掌で目を閉じて横たわったまま。
「あぁ・・・どうして?」
シロを見る彼の顔がみるみる歪んで、そのままの彼の目が僕を見る。
「シロはどうしたの?」
僕の問いかけに、彼はまるで絶望でもしたかのような表情をした。
「死んじゃったんだよ。 もう柔かくて暖かいシロじゃない」
僕は彼の顔を見ながら、今の彼の胸はきっと、昨晩の僕の胸み
たいにジクジクと痛んで仕方がないんじゃないのかなと思った。
「シロが綺麗だなと思ったんだ。 鳥篭から出して、手の中でもっ
とシロを見てみたいと思ったんだ」
僕がそう言うと、彼は掌にシロを包んで僕の方に寄り添ってきた。
僕は以前、彼が僕にしてくれたように彼の頭を胸に抱き、
「ごめんね」と彼に言った。
「君のせいじゃないんだよ」と、彼はポツリと言い、
「シロを埋めてくるからね」と部屋を出て行った。
部屋には空っぽの鳥篭と僕が残された。
そうだ、朝食がまだだったんだ。彼は先に食べていてもいいと言った。
僕は食べた。
あまりおいしくなかった。
彼もまだ帰ってこない。
そうだ、朝食の後はいつもシロにエサをあげて、水をあげて、
籠の掃除をするんだった。
僕は立ち上がり、シロの鳥篭に近寄った。
シロはいない。
鳥篭の中を目を凝らしてよく見てみた。
やっぱりいない。
それでも食べ散らかしたエサを捨てて、綺麗なものに取り替えた。
水も・・・・暑くなってきたから最近はよく水遊びをして、
いつも取り替えるときにはほとんどなくなっていたんだっけ。
今日も暑いからきっとたくさん遊ぶだろう。
たくさん水を入れといてあげよう。
最後は鳥篭全体の掃除。
これが一番大変なんだ。
下の受け皿を取り出すときに、いつもシロはびっくりして籠の
中でバタバタするから、羽根を傷めないようにって、彼がシロを
掴まえておいてくれるんだ。
受け皿に敷いてある紙を取って丸めて捨てる時、シロから抜け
た羽根が舞って、僕はいつもクシャミが出そうになる。
でも、僕がする前に絶対に彼がするんだ。
クシャミをした拍子にシロに力が掛からないようにって、
彼はいつも掌をまーるく、まーるくしてシロを包んでいたっけ。
鳥篭は綺麗になったけど、シロはいない。
僕は急に全てのことが虚しくなった。
あんなに二人で可愛がっていたのに。
大切にしていたのに。
それから、それから、何だろう?
何だったっけ?
「泣いてるの?」
振り返ると、いつの間にか彼が帰ってきていた。
手にはシロの代りに白い小さな花があった。
「シロのお墓に供えてきたんだ」
僕は彼からシロの花を受取った。
「さっきまでシロはそこで鳴いていたのに、今はもういない」
「うん」
「エサも水も籠も綺麗にしたのに必要ないなんて」
「うん」
「でも、僕はこうして変わらずここにいる」
「うん」
「それがとっても悲しくて、胸に穴が開いたようなんだ」
「うん・・・・それが死なんだよ」
今度は彼が僕を胸に抱いてくれた。
僕は花を持ったまま。
「可愛くて、大切で、もっともっと大切で・・・・・でも、それ
何て言うんだったか思い出せない。言ってあげたいのに」
「・・・・・」
彼の胸に押し付けられた僕の耳に、彼の優しい声が響いてきた。
あぁ、そうだ。思い出した。そう言いたかったんだ。
僕は頭の中の霧が晴れていくような気がした。
「愛してるよ」
彼がもう一度言う。
こんな大好きな言葉。
今までどうして思い出せなかったんだろう?
「愛してる」
だけど、この「愛してる」はとても辛い。
「愛してる」が深ければ深いほど、そこに訪れる「死」は酷く、
冷たく、暗闇に感じる。
死が少し怖いと彼が言ったことを思い出した。
彼にはたくさんの「愛してる」ことがあるんだろう。
その時は分からなかったけど、今は彼の気持ちが分かる。
とても・・・分かる。
僕を抱いている彼の腕が少し強くなる。
僕も自分の気持ちが彼に伝わるように腕を回し、彼のことを
抱きしめた。
彼を抱きしめながら、だんだん自分の意識が砂時計の砂の
ように下の方に落ち込んでいくような気がした。