In a white room


「三ヶ月や。三ヶ月やで、このクソアホ」
 
自分がいた部屋に戻ると、tetsuがそう言った。
hydeが告知を受けたのは三ヶ月前だ。
若い細胞は却ってその進行を早めていた。
淡々と話をするhydeに、本人よりも俺のほうが取り乱したらしい。
すっかり腑抜けになった俺を、hydeは、最後の時間を自分らしく過
ごすためにと、郊外に選んだ此処に彼の家族と一緒に住まわせた。
 
「誰もな反対したんやで。当たり前や、こんな阿呆ほっといて、
 残りの時間大切に過ごして欲しいってな。 誰かてそう思うわ」
 
俺は、現実を受け止めきれずに逃げ出したというわけだ。
全然変わってない。 本当に情けない。
 
「やけどな、彼女には悪いけど、俺、今となっては良かった思おてる。
 hydeがこの三ヶ月自分を見失わずにおられたんは、
 お前がドアホでおったからや」
 
「?」
 
「誰彼にも気ぃ使われて、甘やかされてたらな、アイツのことや、
 それめっちゃ苦しいことやったんやないか なぁって。
 hydeな、時々俺にメールしよったんやで。hydeがメールやで!
 しかもそれ、お前のことばっかりや! アホ、読みたないわ。
 今日はこんなん言いよったとか、腕相撲は今んとこ五分五分
 やとか、ネーミングセンスは相変わらず最低やとかな・・・
 知らんちゅーねん!
 そんなもん送ってこんと、自分の写メの一枚でも送ってこい ゆーんやっ!」
 
その後俺に対するtetsuの愚痴は延々2時間続いた。
その間に大分状況が飲み込めてきた。
俺は少々退行現象も認められていたらしく、
tetsuに言わせると相当キモかったらしい。
hydeはそんな俺が新鮮だと大喜びだったそうだが。
 
kenとyukihiroは今ソロライブ中。
kenはライブの合間をみては繁々と様子を伺いに来るようだが、
yukihiroは来たのも二、三回程度で、hydeの顔を見るとさっさと帰り、
もちろん俺のところは素通りだったそうだ。らしいな。
 
hydeは副作用の出る抗剤投与を拒否したらしい。
最後は延命措置も望んでいないという。
あくまでも自然にというのが本人の意思だ。
痛みを和らげるための薬も随分と我慢していたが、
今はそれがない
と生活できない。
 
食欲のないhydeは、さっきのように点滴で栄養剤を流し込んだり、
を摂ったりする。
 
昨夜から症状が悪化。
 
医者に言わせると、ここまでもったのはhydeだからこそ、
つまり、精神
的にも体力的にも経済的にもということだ。
 
だがもう限界。
彼にこれ以上負担が掛からぬよう、残された時間は少ないが、医者と
して充分な医療を彼には施させて欲しいと、医者自らが懇願してきた。
本当、自分の主治医にまでカリスマ発揮すんなよ。
 
「おい、サクラ・・・大丈夫か?」
「俺は、どうしたらいいんだ?」
 
「・・・・・二度と! 忘れんことや」
 
 
「どこにいても、何をしていても、どんな時にもアイツのことを感じてい
てやることや、お前にならできるやろ。
自分のこと忘れてもうたお前に、hydeがこの三ヶ月間、何を願って
間を費やしてきたんか肝に命じとけ。
どうしたらエエかなんて・・・二度と聞くな!・・俺に、ドアホ」
 
あぁ、そうだ。忘れてた。
コイツはhydeのことを人一倍大切にしてきたんだ。
 
tetsuは、そのまま静かに泣き出した。
コイツが俺の前で泣くなんてことは初めてだった。
嗚咽も漏らさず、本当に静かな泣き方で、
コイツはいつもこんな風に独りで泣いているんだなと思った。
 
不意に部屋の電話が鳴った。
あぁ、電話もあったんだと思うだけで、取る気にはならない。
見かねたtetsuが涙を拭い、鼻をくすんとすすると電話に出た。
 
「彼女からや。 hydeが呼んどるそうや。 
 今、症状が落ち着いとる
らしいわ。 行ってやれ」
 
tetsuはソファに座り直し、テーブルの上に置いたままのhydeの読みか
けの本を手に取ると、「はよ、いったれ」と、本に目を落としたまま呟いた。
 
廊下に出ると、hydeの部屋の扉の前には彼女が立っていた。
俺を射抜くように、真っ直ぐと見据えていた。
何も言えず、頭だけ下げた。
 
「今、とても落ち着いていて、気分も良いようです。会ってあげてください。
 医者も私も1階にいますから、何かあったらコールしてください」
 
俯きながら扉に手をかけ部屋に入ろうとすると、彼女が続けて言った。
 
「でも、これで最後です。 もう、還してもらいます。 明日になったら出
 ていってください。 そして、あなたには彼の最期は看取らせません」
 
そう言うと、彼女は踵を返し、背筋を伸ばしたまま階下へと下りていった。
 
当然だ。
俺はhydeから、夫としての、そして父親としての最期の三ヶ月を奪ったんだ。
 
放っておけばよかったのに。 そしたら俺も、お前を失うというこの、
元から冷たいナイフで引き裂かれるような暗い恐怖に耐える必要もないのに。
 
本当に自分はとことん情けない奴だと思った。
こんなことを言ったら、きっとtetsuに殺される。
そんなことを思いながら、扉を押した。
 

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