In a white room


心地よく照明の灯りを落とした部屋で、
少しゆったり目のベッドから身体を起こし、
腕にはまだ点滴をされたまま、
hydeは微笑みながらこちらを見ていた。
 
「やぁ」
「悪かった」
「何が?」
「大切な時間を棒に振った」
 
「それは俺が決めることや」
「でも現実にはそうだ」
「こっちにおいで、サクラ」
 
hydeに対する負い目と、自分に対する激しい憤りで眩暈がしそうだった。
 
「座れ」
 
ベッド脇にある椅子に俺を座らせると、俺を見つめてhydeは言った。
 
「棒になんて振ってへん。 全部俺の我儘通したんや、誰に対しても、
 お前に対しても」
「俺に対しても?」
 
「そうやっ。 俺のことを忘れたままでなんて許さへんっ。 
 俺はこんなに苦しくて、悲しくて、怖くて、みっともなくあがいてんのに、
 お前だけ何も知らない顔して、のほほん してて、俺がいなくなった後
でものんびり笑ってるなんて絶対に許せへんっ。
 俺のこと、ずっと思っててくれな嫌やねん。 
 ずっと覚えててくれな腹立つんやっ。
 
 ・・・・サクラ、俺はホンマははこんなに我儘で、女々しくて、 
 情けない
奴なんや」
 
俺はhydeを抱きしめた。抱きしめずにはいられなかった。
自分が感じている恐怖など、hydeに比べたら無に等しい。
 
「だから・・・・」
 
俺の背に力のないhydeの腕が回る。
 
「サクラ、今から俺を抱け。お前が俺のこと忘れへんように」
 
こんな思いに抗うことなどできるわけがない。
彼の顔を両手で包むと、初めて唇を重ねた時のような
気恥ずかしさが蘇ってきた。
 
唇を落とす。
少しかさついている。
離して、もう一度、今度は唇を割って、恐る恐る彼の舌に触れる。
 
「・・・煙草の味がする」
「向こうの部屋で1本吸った」
 
「せっかく禁煙できるチャンスやったになぁ」
「するかよ、んなもん。 変わんねぇ・・・・変えねぇよ何も」
 
hydeが知っている俺を、これから先何も変えない。
 
「あ、最近の俺はちょっと弱ってっから。 すぐに失神すっから。お前
 丁寧に扱えよ。 すぐに気絶させっとお互いにつまらへんやろ?」
「ハハハ・・・・」
 
そっとhydeの身体をベッドに横たえさせる。
hydeはまだ終わりそうもない点滴の針を、
注射痕も痛々しい腕か
ら乱暴に引き抜いた。
 
「いいのか?」
「うん、いい・・・もう」
 
「それに、これ以上薬入れたら、お前を感じれなくなる」
 
フフッと笑うhyde。
胸が締め付けられる。
俺もhydeも分かっている。
きっと・・・多分・・・これが最後。
 
覆い被さり、hydeの顔をゆっくりと眺めた。
広く秀でた額。そこに掛かっている薄茶色の細い髪の毛を取り払う。
取り払いながらその感触に遊ぶ。
指を入れても止まらない。スルスルと指どおりのいい感触。
長い髪の毛が好きだった。でも、短くても良く似合うと褒めた。
気分が変わるように、ヘアスタイルもよく変わった。
変える度に「どうか」とhydeは感想を聞いた。
答えるよりも手を伸ばして、やはりその感触を確かめた。
「ゆう気がないなら触んな。セットが乱れる」なんて言われて、
よく手を払われた。
 
hydeの指も俺の顔をなぞっていた。
一つ一つ確かめるように。
額を、目蓋を、鼻を、唇を・・・・・
 
意志の強さをそのまま表したような眉。
その下の双眸がhydeの指の後を追う。
その瞳に何度狂わされたことか。
初めて出逢った時、初めて接吻をした時、
そして初めて身体を重ねた時。
いつもその瞳には迷っている俺が映っていた。
でも、その瞳が俺の心を狂わし、この気持ちを突き動かしたんだ。
 
俺の唇で止まったままのhydeの指。
少しくすぐったくて呼んだ。
「hyde」
途端、俺が触れていたhydeの片方の瞳からすーっと雫が一房落ちた。
「あ」 
hydeは小さく呟くと、少し歪んだ顔で「フフッ」と照れたように笑った。
 
 
 
綺麗で、愛しくて、切なくて。
 
 
気が狂いそうだった。

優しく舌を絡ませて、舐めるように吸い付いた。
こんな優しく口付けるのは久し振りじゃないだろうか?
いつも欲しいままに欲望をぶつけて、hydeが苦しいと言うまで離さない、
そんな接吻しか覚えていない。
優しいキスは甘いのだと今頃気がついた。
 
キスを受けながらhydeが上着を肌蹴る。
痩せた身体だった。
一瞬顔を強張らせた俺に、
「フフ、みっともない身体になっちゃった? 
 もともと綺麗なもんやなかったけどな」
とhydeは言った。
 
「そんなことはない。十分欲情する。いつもそうだった」
と言う俺に、「優しいね」と笑った。
 
 
隣の部屋から微かに音が響いてきた。
わずかにtetsuの歌声が聞こえる。
「てっちゃん・・・・へたっぴやなぁ」
「一応、気ぃ使ってるんだろ?」
 
「迷惑や」
「ホント浮かばれない奴」
 
「嘘。てっちゃん、大好きってゆうとって」
「自分で言ってやれよ」
「せやなぁ」
 
 
絡みつく指。
甘く熱い吐息。
揺れる瞳。
 
背中に回る腕。
合わさる息。
白い首。
波打つ胸。
 
俺を呼ぶ心地よい声。
 
以前は決して言おうとしなかった「愛してる」
hydeは何度も俺をあやすように囁いた。
 
「サクラ、愛してる」
「愛してるよ」
「愛してるから」
 
 
その夜のhydeは永遠に閉じ込めてしまいたくなるほどに綺麗だった。
 
 
 
 
「サクラ、疲れた。 寝るよ」
 
汗ばんだ額に張り付いた髪を払ってやる。
薄ぼんやりと目蓋を上げたhydeがそう言った。
 
俺はhydeの首にあるロザリオに接吻し、hydeにもする。
そして、「おやすみ」を言う。
 
「おやすみ、また明日」
「うん・・・また明日」
 
穏やかに微笑むhydeに堪らず、もう一度キスをした。
 
部屋の扉を閉める前に再びベッドのhydeを見ると、
そこからは規則正しい寝息が聞こえてきた。
 
自分の部屋に帰ると、tetsuがソファで転寝をしていた。
電話を取り、階下の医師にhydeが途中で点滴の針を抜いたことを
伝えると、薬の量も入れる時間もきちんと計算をしてあるのだから
これからはそんなことをさせないように、ときつく言われた。
 
 
話し声でtetsuが起きる。
自分はもうこれでここを出るとだけ伝えると、
「あぁ、そぉか。 したらお前のベッド、俺が使わせてもらうわ」
ベッドに潜り込み、背中を向けてしまった。

「そんじゃ」

まとめておいた荷物を持ち部屋を出ても、
tetsuはもう何一つ言おうとしなかった。
 
家の外に出る。
俺の肺も外気を吸うのは久し振りだろう。
郊外の夜空は星の光が冴え冴えとしていた。
外灯の灯りで照らし出された樹木が、
わずかに紅葉し始めているのが分かった。
 

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