熟(な)れない夜


「んじゃ、ウチ寄れば?」
という、そういう意味を含んだ誘い文句に、
 
「うん」
そういう意味で答えるだけやのに、
 
「え? ・・・あ・・・えっと・・・う・・うん、あ〜、じゃ」
なんて・・・・・まだこんなに時間が掛かる。
おまけに、
 
「い・行ってもエエん?」
有り得ない程遠慮がちな言葉まで出る始末。
 
 
そんな自分に、この気持ちがどれくらい自分にとって
重要性を持っているのかを思い知らされる。
 
 
誘われて弾んだ気持ちが饒舌にする。
でも、半分は気恥ずかしさを紛らす為。
 
家に近づくにつれ舌は重くなる。
頭の中では何度も繰り返すシミュレーション。
相手の表情を盗み見して、
この期に及んで疎まれていないかなんて
女々しいほどの保身の模索。
 
前を歩くサクラとの距離が開いていくけど、
それを埋めるほどの気力を奮い立たせるもの・・・まだない。
ほんの少しでいいから緩めて欲しい、その速度。
気持ちまで置いてきぼりを喰らってるみたいやから。
 
「ほらっ」
 
頭を垂れて自分の足元だけ見て歩いていたら、
いきなり目の前に大きな掌が差し出された。
 
「?」
 
「お前遅いよ。 俺ゆっくり歩くの苦手。
 このままだと俺が先に着いて、
 お前が俺の家に着く前に俺寝ちまいそう」
 
「あー、悪いねノロマで」
 
「ホントにな。引っ張ってやっから、一緒に行こう」
 
 
 
そう言った相手の顔は、
真後ろからの自販機の灯りで見えなかったけど、
いつもとは違う声の調子で笑っているんだと分かった。
 
そんなふうにいつも言わないくせに。
それに、そんな優しい台詞だって聞いたことない。
 
だからきっと、
自販機の灯りで丸見えの自分の顔は、
相手には見慣れないものに映っていただろう。
 
 
お互いの言葉もすることも、全てがまだ初めてに近い。



 
「汗掻いただろ? シャワーで悪ぃけど浴びてこいよ」
「えっ!? エエエエよ!! 着替え持ってきてないしっ」
 
「・・・・・・・・・・・は?」
「・・・・・あ・・・・・・」
 
誘い文句も受け答えも全然ぎこちなくって。
けど結局シャワーして、頭まで洗って、
ビショビショの髪の毛で「しまった」と思う。
 
「おさき。 ドライヤーとかって持ってるん?」
「ねぇよ」
 
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
 
シャワーに行く前に有無を言わさず投げ渡された黒のタンクトップ。
少し大きい。
自分とは一回り違う相手の体を、
タオルで髪を拭きながら横目で見る。
 
風呂上りのシチュエーションで相手のものを身に纏う、
そんなの別にたいした事じゃないはずなのに妙に意識する。
 
 
「ビール?」
「サンキュッ」
 
「俺も浴びてくるな」
「いってらっしゃい」
 
・・・・・はぁ〜〜〜〜〜〜〜
 
平然としてるのも疲れる。
力が入ってた肩を下ろす。
手持ち無沙汰が嫌でテレビをつける。
けど、無難にニュース番組にしておく。
 
ヤんのかなぁ?
ヤんだよなぁ?
 
濡れた髪先からはまだ雫が落ちてる。
 
だからどうするんやっての?
 
束のそれを目の前に持ってきて、
溜まった雫越しにテレビの画面を眺めてた。

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